初日 鐵(前編)
宵月を帰した後、俺たちは殲滅戦を開始していた。
外殻を囲む中〜遠距離部隊による砂の巻き上げによる敵の離脱防止及び視界の混濁。そして近接部隊による各個撃破。これが作戦だった。
宵月による活躍でキジュウのほとんどが機能を停止、カーマインも爆走することはできず応戦の構えでしか機能していなかった。
正直なところ、弔い人の実力であれば圧勝が見えていた。
鉄の塊を振り回し、力任せに装甲を破壊する。身体の中の天使の力でこれは造作もない。傷を受ければ再生する。ただ、俺の不死の力は弱い。回復までに時間がかかる。その分、通常の再生能力は高い。
「俺はあいつほど強くはないな」
先に帰した彼女を思う。あれほどやるやつだとは思わなかった。乃亜様の従者の実力があれほどだとは。
カーマインの銃撃を鉄の塊で防ぎ振り回す。運転席が吹き飛び、ドライバーの頭がミンチになって弾け飛ぶ。その刹那、爆風が俺を襲った。
「げほっげほっ」
他の仲間のところでもいくつか爆発が起きている。俺は今の爆発で左腕と左足を失っていた。
崩れ落ちる前に再生が終わる。ズキンと脳裏がチリチリと痛む。まともに受けていたら死んでいただろう。
「各位、気づいていると思うがカーマインはドライバーを殺すと爆発する! 始末したらある程度距離を取れ! 無駄に能力を使うな!」
「了解」
まだ、死んだ仲間はいないようだ。どこかに穴が空いた感じはない。
大型のショベルが鬼灯の上半身を持っていくのが見えた。あれは即死だ。直後に下半身から身体が生えるようにして復活。キジュウを瞬く間に解体していく。
彼女は俺と逆で、死からの復活の方が再生が早いタイプ。普通の傷は再生が少し遅い。
砂嵐の中でも善戦できているほうだった。圧勝かと思われたが思ったよりは苦戦を強いられている。
「よし。潮時だ、引くぞ! ガンナーは撤退支援! 近接隊はグノーシスを服用し速やかに離脱せよ」
『我らに天使の加護がありますように!』
掛け声と共に次々と周囲の気配が消えていく。機械音はもうどこからも聞こえなかった。敵の殲滅にはどうやら成功しているらしい。
砂嵐は消えない。敵はおそらく存在しないだろうが念のためにこうしろと伝えてある。
「俺もいかなければ」
ふと、背後に気配を感じた。
ウィーンという禍々しい機械音が響き渡る。
気づいた時には遅かった。
「がっ……」
ガリガリガリと不快な音を立てて背中を刻まれていく。この攻撃は敵のものじゃないとすぐに分かった。
「ほお、ずき……っ」
じゅっ、と背中で音がして傷が快癒する。振り返るとそこには虚な目をした女が立っていた。手はぶらんと垂れ下がり、チェーンソーが爆音を鳴らし続けている。
「あはっ……アハハハハ!」
脱力した状態からとは思えないほどの機敏さで彼女は大きなチェーンソーを振りかぶる。
ギャリンっと甲高い音がして、俺は背後へと吹っ飛ばされる。鉄塊には傷はつかないがかなりの衝撃が俺自身に届いている。
鬼灯はもはや正気ではなかった。だが、先程の不死の発動が決め手になったとは考えにくい。
虚な目の奥底に宿る狂気がギラギラと主張している。常にくつくつと笑い続けるその口が冗談を言うことはもうない。
「過剰摂取……したのか。……なぜ?」
上位の信徒たちの姉御肌。弔い人の中でもかなりの実力を誇り、仲間からの信頼も厚かった。その面影はどこにもない。
艶やかだった銀の髪はボサボサになって砂を飲み込み、元気であふれていたその肉体は脱力して力がない。ただただ目に狂気が宿っている。
「手遅れなのか……?」
凄まじい剣戟の中、彼女を元に戻せないかずっと考えている。
グノーシスの効果が切れるまで戦えばあるいは? いや、前例がない。あの状態になってしまったらもう……。
「鬼灯! 聞こえないのか!」
「キャハハっ! しねしねしねしねしね!」
そこには理性がかけらもないように見えた。だが。
「あははっ……もう」
剣を交えるたびに。
「あた、しは」
互いの武器が互いを傷つけるたびに。
「戻れない、から……キャハ」
彼女は言葉を少しずつ絞り出すように。
「ぐのーしす、の」
何かを。
「こうか、が」
伝えようと。
「きれた、とき、に」
していた。
「ころ、して」
目からは大粒の滴が零れ落ちていた。
「くろ、がね……っ。あはははは!」
彼女は必死に内側の天使を押さえ込もうとしていた。自身の理性で、魂の全てで。
それでも、攻撃の手は止まない。
チェーンソーが俺を傷つけるたびに虚な瞳から彼女は涙を流し、言葉を紡ごうとしては口をつぐみ。
そして、十分が経った。
俺は彼女に覆いかぶさるようにして取り押さえていた。
砂嵐はとっくに収まっていて、仲間はとうに撤退している。
戻ってこない仲間がいても、ある程度の時間が過ぎたら撤退せよ。グノーシスが切れてからでは遅いとの命令だ。
「うぐぐぐぐ」
鬼灯の腕から力がなくなり始めていた。天使の力が格段に落ちている。それは俺も同じで、ただ少しだけ俺の方が彼女より力があったというだけ。
「鬼灯、戻って、こないのか?」
「ああうううううう」
頭を振り乱し、獣のように唸り声を上げている。砂が飛び散って顔に当たる。
虚しかった。
そこに彼女は本当にいないのかと。あの涙は嘘だったのかと、そう思ってしまう。
バタバタと暴れる鬼灯をどうしていいかわからない。
彼女の願い通り殺すべきなのか。それとも、俺のわがままで……。
「すまない」
彼女を気絶させ、おぶるように担ぐ。
「帰ろう」
誰もいない砂の海をただ歩く。
二人で、帰るんだ。仲間が待つ場所へ。
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