第11話
ボクらが近づいてもピクリとも反応することはない。本当に死んでいるらしい。
その顔は苦悶に歪み、涙の跡が頬に残っていた。共通しているのは心臓の位置に穿たれた穴があること。しかし、ここに派遣されたメンバーは心臓を破壊された程度では死なないような再生能力を持つ者たちだ。ならばなぜ絶命しているのだろう。
近くに歩み寄り穴を覗き込むと、その傷の周囲に鱗のように細かい結晶がびっしりと張り巡らされていた。
原因はこれなのだろうか。わからない。情報が少なすぎて、見当がつかない。そもそも、こんな状態を見るのは初めてだ。
「まるでカサブタだね。剥がしたら生き返ったりするのかな。さすがにないよね」
自然と口元に苦笑が浮かび、途方に暮れる。
再生能力あるいは不死性を獲得した信徒を確実に殺す手立ては『同胞殺し』しかボクは知らない。
生態系における弱肉強食ではなく、好んで同胞を殺害しその肉を喰らう、異端に昇華した生物。それをボクらは同胞殺しと呼び、その強靭な肉体を素材にして生まれた武器は、信徒と天使の繋がりを穿ち、断ち切るものとなった。
「確かに、ここにいてもおかしくはないけれど……そんな簡単に遭遇できる個体でもないはずだしなぁ……」
考えてもまとまらない。ボクはため息をもらして、その場を離れる。
「ごめんね、君たち二人を弔いたい気持ちは山々なんだけど、ボク一人じゃ連れて帰ってあげられない……本当にごめん」
手を合わせて黙祷する。彼らの表情から察するに、彼らは苦しんで絶命したのだ。本当なら、いつか安らぎの中で死ねたかもしれないものを。
目を開き、ボクの肩に捕まっている鳥へと声をかける。
「ねえ。彼らの他にあと二人いたはずなんだけど、知らないかい?」
彼は首を傾げて疑問符を浮かべる。知らないようだ。流石にそこまで話はうまくいかない。
「……そうだ。君のこと、なんて呼ぼうか」
ふと思いついた。いつまでも、鳥、などという呼び方は意思疎通ができる彼にとって失礼なのではないか、と。おそらくこれは人間の考え方だ、彼は気にしてなどいないだろうに。
鳥はまた疑問符を浮かべ、ボクの顔をじーっと凝視している。
「ん……そうはいってもなぁ。えと……うん」
ひとつ思い当たるものがあった。一呼吸おいてから。
「アイオーン、というのはどうだろう?」
高次の霊を指す言葉。意思疎通ができ、神秘的な色をして、飛ぶ時には光を振りまく。ぴったりじゃないだろうか。
その名前を大層気に入ったのか、彼はボクの周りを円を描くように飛び回った。その時、鳥の体は発光し、体はターコイズブルーに燃え、瞳はサファイアのように煌めき始めた。
「気に入ってくれたみたいだね」
ピュイ、と鳴いた軽快な声が喜びなのだとボクは思うことにする。
「なら今から君はアイオーンだ」
ピュピュイ、と心地よい音が耳に響き渡る。そして、それに混ざって異音が鼓膜に届いた。ーーしまった。
「避けて!」
ボクの叫びより先にアイオーンは羽ばたきその場から退避していた。すかさずボクも飛び退く。
風を切る音を無数に拾い続ける。音の主は先ほどまでボクらがいた場所にびっしりと山を作っている。
「これは、確かーー」
考えている余裕はなかった。攻撃は間違いなくボクに向けられたものなのだ。すぐにでも逃げなければ。
耳を澄ますまでもなく、第二波が次々と近づいてくるがわかる。それもものすごい数がものすごいスピードで。
来た方向へと視線を向ける。振り返る際、仲間二人の遺体が目に入った。すでに物言わぬ彼らを、今は見捨てる他ボクには選択肢がない。
「ごめん、なさい……」
目頭が熱くなるのを必死に堪えながら、最初の一歩に集中する。
ーーがむしゃらに空を蹴飛ばした。
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