第9話

 近づく赤い塊を横目に飛ぶように平原を駆け抜け森へと侵入する。もちろん、耳と目による索敵は怠らずに。得体の知れない生物に遭遇したらそれこそ死しか待っていない。

「うわぁ……なんだここ」

 遠目で見た違和感の正体がここにきて分かった。中腹までに見た植物の群生地とは比べものにならない、結晶化した樹木が立ち並ぶ森林だったのだ。

 透き通るエメラルドのような出立ちはこれまで見た何よりも美しく、しかもそんな状態でも生きているみたいだ。触れると暖かく、かすかに鼓動のようなものも感じる。

 森林の中は、外よりもニューアークの濃度が低いようだが、純度は高い。その上、安定している。言い換えれば、さっきまでいた草原よりも空気が美味しいってこと。もちろん、ボクにとってはだけど。

「なるほど……どこの環境にとっても植物が大事ってことか」

 過去の書物によると、大昔には大地には植物が溢れていて、空気を正常化するのに一役買っていたらしい。それでも、人々がもたらした温暖化は御しきれなかったという。今も夏になればとてもじゃないが外では過ごせないほどの気温になってしまう。

「……よし。死の嵐の対策に必要なものはなんとなくわかった。あとはどうするかを考えつつ、仲間の捜索をしなきゃね」

 探索にボク自らが来て正解だったと言えるだろう。空気の変化、その原因を仮定ではあるもののなんとか発見できたのは大きな進歩だ。あとは立証できればいいんだけど。

「そんな時間はない、か……はぁ。あとはやってみてになっちゃうよなぁ」

 行き当たりばったりでもやるしかない。進むしかないのだ、ボク達は。

 ため息をついて、結晶の樹木へともたれかかる。背中に感じる温もりが心地よく、空気の綺麗さも相まって急にふらっと眠気が襲ってきた。

 そうか、しばらく動きっぱなしだったな。少し休みたいところだけど。

「ん……」

 カシャンカシャンと小さな音が耳に入ってくる。少し遠いけど、近づいてくるみたいだ。

「ん……そう簡単にはいかないか。寝るなら戻ってからにしなきゃ」

 立ち上がり、呼吸を整え、樹に向かって足を伸ばす。そのまま樹の側面を駆け上がり、枝の上まで登り詰めた。

「ふぅ……」

 垂直に壁を登るのは集中力が必要だ。眠いと脳が感じた時点で成功するかどうかは怪しかったが、どうにかなったらしい。

 しばらく待ってみると、カシャン、と結晶の雑草を踏み分けて猪のようなものが近づいてきた。ような、というのは決定的に違う部分が見受けられたからである。

「なにあれ、興味深い。捕まえてバラしたい……ん、ダメだ、返り討ちに遭うわけには。うーん……」

 まずボクの興味を引いたのはその生物の牙だった。青白く発光している、まるでニューアークの結晶のように。そして足、地面を蹴る蹄の部分も同じく青白く発光しているように見えた。あれはなんだろう。

「あっ、ヤバイかも」

 その生物は鼻息を荒くし、駆け出す準備をしている様子だ。向かう先はボクが登った樹木の根元。

 避けなきゃと思う間もなくそいつは樹へと突撃し、がぁん、と鈍い音が響き渡る。

「きゃっ」

 衝撃が走り、枝から振り落とされそうになるのを必死に捕まり、なんとか体勢を立て直す。逆上がりの要領で枝の周りをくるん、として座り直した。

 危なかった、とほっと一息をつく。そして下を覗き込むと異様な光景が広がっていた。

 その猪型の妖精は、樹から剥がれて零れ落ちたニューアークの結晶を貪っている。あたかもそれが当たり前のように。それが主食であるように、だ。

「すごい……大発見だ」

 確かに、ボクらにとってニューアークはある意味力の源とも言えるし、老廃物を食べてくれる微生物のようなものでもある。けど、あんなことをしたら確実にボクらは死に至る。少なくとも「人間を残すボクら」は、だ。

「ここに住む原生種にとってはニューアークが空気であり食べ物、なのか……?」

 その結果があの牙であり足なのだとしたら、極めて効率的で便利。ここに生態系が確実に存在するという証左にもなりうるだろう。ここにある植物もニューアークによって育つのならば。

「無論、ボクらにはなんの役にも立たないけど……」

 と、その時だった。

 突然頭を何かに鷲掴みにされ、ガシャガシャとする音が舞い降りてきた。

「ん……っ!? こん、の!」

 腕を振り上げると同時に重さが消え、目の前に音の主が現れた。それは、落ち着いた様子でボクの隣に降り立ち真っ黒な瞳でボクを見据える。

「鳥……?」

 それは翼と嘴、爪が結晶と化した鳥だった。結晶化した部分はわずかに発光しており透き通っていてとても綺麗だ。

「君……ボクを襲いたいわけじゃないの?」

 ふと、話しかけてみる。言葉など通じるはずがないと声をかけてから思い至った。ボクもよほど疲れているようだ。

 だが、彼はわずかに嘴を下げ、まるで頷いたかのような動作をしてみせた。

「……んん?」

 

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