第6話
青白い光が道を照らし出している。映し出されたなんの変哲もない階段をただただ降りていく。
その間手に握ったクリスタルのような結晶をいじり倒している。ボクの周囲を囲み、纏うような光はそれから発せられている。点灯用に渡された結晶型ニューアークだ。
ニューアークの結晶は、青白く光る性質をもともと持っている。ボクの手に握られているそれは、リヒトによって多少の手を加えられ、通常よりも少し強い光を放っているようだった。
「技術者としてはボクといい勝負……むしろ細かな調整はリヒトの方がもう上だねぇ」
ひとりごちながら先を見据えると、階段の終点が見えた。身体を包む光と同じような色が漏れ出ているようだ。
リヒトからの前情報は、ほとんど得ていない。捜索に来るとはいえ、彼にも分かっていないことが多い。それもあるが、探検というのは情報がないほうが面白いし、やりがいもある。
あくまで捜索だが、この羽織の効果を確かめねばならないし、先人が為せなかった調査の引き継ぎもある程度はしなければならない。もちろん、先人が「どう」なってしまったかはボクも興味があるしリヒトの頼みでもある。確実に情報は得て帰らなきゃならない。
「わぁ……」
思わず吐息が漏れる。
天使たちの檻、その一部にあたる小部屋のような空間へと出た。壁にはニューアークの結晶が自生し、燐光が空間に溶けている。先に続く道もいくつかあるが、一箇所を除いてその先には結晶は見受けられない。加えて、原生生物も今はいないようだ。
ボクが知る地下空間の常識を覆される思いなのはいうまでもない。さっきから心臓が喜びに打ち震えている。
「こんなに明るい空間は初めてだね。……リヒト、採取しても大丈夫かな?」
ウエストポーチから欠けた結晶の入った小瓶を取り出す。点灯用とは別の、通信用だ。出来る限り平静を装って声を伝える。
『我慢してください、主任。それに、そこでそんなに興奮してるようじゃ、この先心臓がいくつあっても足りませんよ?』
「えっ……」
興奮してるのがバレバレなのは良いとして、ここから先さらに凄いものが見れる……らしい。それならここは諦めておこう。
小瓶に開いた小さな穴から純度の高いニューアークが漏れ出ている。通信の原理はこの欠けた部分から出るニューアークらしい。
「それにしても、ここはニューアークの濃度も、純度も高いみたいだね。……ん、空気が美味しい」
空間に満ちるニューアーク。人間を含めた地上の生物全般には猛毒だが、ボクらにとってこれは酸素のようなものだ。基本的にはこれが濃く、さらに純度が高いほど空気を美味しく感じることがわかっている。でも、濃すぎるとさすがのボクらにも毒となることも。
『さすが緋奈サマですね、結晶と空気感だけでそこまでわかりますか』
「もちろんさ。それに、ボクだから捜索を頼んだんだろう?」
返事のない沈黙。それが肯定であることはすぐにわかった。彼は、ボクら天使の子供と呼ばれる生物がどのようなものか理解しているのだ。
「ん。気にすることはないよ。……それで、どこへ向かえば下層にいけるのかな? やっぱりあの結晶でいっぱいの道?」
『はい、その通りです』
「よーし! それならさっそく……!」
深く空気を吸い込み、吐く。意識を研ぎ澄ませ、周囲の音を耳に流し込む。どんな音も聞き逃すまいと、集中する。
空気が流れる音がする。ニューアークの粒子がぶつかり合ってほんの少しの力と振動を生み、それが結晶に吸い込まれて霧散していく。幸い、生物の音は進む道からは一切聞こえてこない。そこは、ある程度行ったところで大きな空間へと広がってているようだ。どうやら純度の高いニューアークはそこからここへ流入しているらしい。
「よし……いざ新天地へ!」
ふわりと空を蹴るように踏み出し、宙に浮かぶ粒子を刺激すると、爆発的に加速した。
ーー天使の翼っていうのも、あながち間違いじゃないのかも。
『どうかお気をつけて』
リヒトの声が遠くなる中、結晶の洞窟を文字通り飛ぶように駆け抜ける。青白い光線が後ろへ、後ろへと雨のように落ちていって。
「ん……っ!」
空間へと放り出される。まとわりつく空気の感触が変化して、ボクを抱きしめる。それは意識せずとも翼のように身体を支えて、一瞬目に入った『それ』をもう一度見せるように、ボクを仰向けにしていく。
ゆったりと落下していく中、視界はある色によって埋め尽くされていた。
「嘘だ……」
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