7話 ねーむ いず えすぷれっと

 翌日。

 駅前に集合した私たちは、近くのショッピングモールに併設してある楽器屋にいた。

「本当にアタシ達、楽器屋さんにいるよ」

「よく考えたら昨日も急展開だし、とんとん拍子に決まっていったよね。私もびっくり」

「善は急げってね。行こ!」

「はいはーい、ベースから行きたい」

「翼ちゃんはどんなのにするか決めてるの?」

「んー、みんな持ってないだろうし弦が五本あるやつがいいな」

「翼ちゃんらしいね。でも大丈夫なの?」

 ここで店の最奥に位置するベースの売り場に着く。

 壁面に三段、足元にも列をなしてずらっと並ぶ楽器の姿は何度見ても圧巻だ。

「正直初心者にはおすすめはしない。弦が増える分、指動かすの大変になると思うよ」

「メンドくなるなら四本にする。メリットは無いん?」

「弦が多いと演奏できる音域が広がるよ。でも工夫すれば四弦でもできなくはないし……やっぱ無難に四弦の方がいいと思うな」

「じゃあこれがいい! これにする!」

 さっと一瞥しただけで、あるベースに向かって指を向ける。

 一番上の段に掛けてある、弦が張ってあるところ以外、上から下まで真っ黒のベースだ。

「翼ちゃん結局見た目で決めたし……」

「まあ見た目が一番重要なのは確かだよ。ちゃんと四弦だし丁度いいじゃん」

「黒ベース君。君に決めた! カッコイイのあってよかったぁ」

 弦のトコが白いのがカッコイイ、と加える翼。

 よほど気に入ったのか、悩むそぶりは一切見せない。

「次は加奈。スティックはあっちだね」

「アタシはもうちょいこっち見てくわ」

 ベースにご執心の翼を置いて、ドラムスティックが置いてあるコーナーに向かう。

「昨日スティックの選び方調べたけど結局よく分かんなかったんだ……」

「ごめん、私も太さと先の形で選ぶくらいしか分かんないや。見た目で選ぶ?」

 大小や重さ、スティックの先の形によって音質が変わるのは想像に難くない。

 使ったことはないので実際にどう違うかはわからないが。

「って言われてもね、どれも同じに見えるわ」

「じゃあとりあえず持ちやすい太さのやつ探す? それか店員さんに聞いてもいいかもね」

「店員さんはちょっと苦手かも……わかんないこといっぱい言われていつもパンクしちゃうの」

「洋服店みたいな店員さんね。楽器屋には意外とそういう人少ないから心配ないよ」

「へぇそうなんだ。じゃあアドバイスしてもらおっかな」

 楽器屋の店員さんはどこか親しみやすいと勝手に思っている。

 他の人がどう思っているのかはわからないが、少なくとも私には気軽にアドバイスを求められる存在だった。

 店員さんにスティックの特長などを一通り聞いた後、初心者なら自分の手にフィットするものがいいと助言を受けて、加奈は手に合うスティックを選んだ。


「このあとどうする? どっか行って楽器触る?」

「おっけー、学校近いしそこでいいんじゃない?」

 楽器を一瞬で選び終えた私たちは、翼の意見で学校に行くことにした。

 まさか一時間もかからずに選ぶとは思ってもいなかった。

 私が初めてギターを買った時は色々な店を転々として、数日かけてやっとの思いで見つけたものだった。

 その経験が強すぎて、特に翼に対しては適当に選んでないかという疑問を感じていた。

「その前に昼飯コンビニで買っていかない? 昼どっか行くのも面倒だし」

「んじゃあ、しゅっぱーつ!」

 楽器屋があるショッピングモールからすでに出てしまっていて、戻るのも嫌だったので学校近くのコンビニで済ますことにした。


 電車に乗ってニ十分ほど経ち、学校の最寄り駅に到着する。

「あれ、木之崎じゃね? 加奈行ってこいよ。昨日ひびきに潰された告白を今ここで!」

「それはごめんって……でもあれって本当に私が悪いのか?」

「その罪から逃れることは私が許さないよ、ひびきちゃん」

「でも木之崎倒れたらしいしさ、私そんな悪くないよね?」

「とりま加奈、行ってこぉい!」

 ドンっと翼に背中を押された加奈。

 勢いで姿を見せってしまったので、これまた勢いで話しかけた。

「き、木之崎君、偶然だね……」

「あ、ああ、加奈ちゃんか。どうしてこんなところに?」

 普段の生き生きとした様子が感じられないことに気づく。

 平均より大きそうなその背が、どこか小さく感じられた。

「ええと、ひびきちゃんとバンドやる事になってね、それで練習のために」

「そうなんだね。……俺もう行くわ。部活あるし」

「う、うん。頑張ってね」

「……なんか変だな、木之崎」

「ひびきのせいじゃね? ひっどーい」

「んな、私が悪いのかよ……」

「まあまあ、私たちも早く買って学校行こうよ!」

 翼も気づいたのだから、今日の木之崎はやはり変だったのだろう。

 ここで引き留めても意味がないと思い、駅近くのコンビニに寄ってから学校へ向かった。


「到着ぅー。ベース重いってばこれ。ひびきよくこんなの持ち歩いてるよな」

「ギターよりベースの方が重いんじゃないかな? まあ慣れだよ、慣れ」

 恐らくギターは四キロほどで、ベースはそれよりも一回り大きいので五キロあってもおかしくない。

 慣れればどうってことはないが、それまでは肩が痛くなることもしばしばあった。

「慣れる気がしねぇ……ケースから出してっと」

「名前付けろ」

 誰もいない教室に着いてすぐ、加奈は重い声を発する。

 この時を待っていたと言わんばかりの鋭い瞳で翼を刺す。

「……何言ってんの?」

「名前付けろ」

「……マジで? 冗談じゃなかったん?」

 瞳からは逃がさないという固い意志が窺える。

 冗談ではないにしても、私が思っているよりも本気だったようだ。

「昨日調べたけど、楽器買ったら名前つけるのは儀式なんだってよ。慣習なんだってよ。郷に入っては郷に従え、だよ。さあ翼ちゃん、名前を付けるんだ」

 そんな儀式は無いと心で叫びながらも口には出さない。

 反論したら巻き込まれかねないと思いつつも、内心もう諦めている。

「って言われてもすぐには思いつかないわ。ひびきは?」

 逃げられないと察して道連れにするのはやめてほしい。

 そんな申し訳ないみたいな顔しても絶対に許してやらないからな。

「ひびきちゃんはもう付けてるよね? 何て名前なの?」

「……付けてない」

 眼光が尾を引いて襲い掛かってくるように肉薄する加奈。

 やはり逃れることはできないようだ。

「ひびき? 諦めろって、逃がさないぞ? 早く言って楽になれって」

 こいつには後々絶対に復讐すると決意した。

 翼に睨みを利かせていると、それ以上の眼光が視界に入る。

「さぁ、早く」

「……え、えっちゃん」

「女の子なんだ。いい名前だね」

「唐辛子じゃん」

「唐辛子言うな! ESPってメーカーの赤色だから、えすぷれっと……って何言わせてんの」

「あい可愛いねぇ」

「私もいい名前考えなくっちゃ!」

「もう許して……」

 ついに観念して全てを吐いた。

 この屈辱はいつか必ず返す。

 主に翼に。

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