二章
6話 私、やっと進路決めました!
「私、やっと進路決めました!」
波乱のあった文化祭終了後、学校帰りにカフェテリアに寄った私達三人。
後片付けでヘトヘトになった体を甘いミルクティーが癒す。
そんな聖域とも呼べるであろう空間に響く声。
「大学は翼と同じで一番近いところにして、音楽を頑張ろうと思います」
「オメデトー、はいこれ飲んで‼」
翼が自分で注文したミルクティーを勧める。
甘いの苦手なのになぜこれを頼んだのか。
「ひびきちゃんも遂にやりたいことを見つけてしまったのか……いいなぁ」
「加奈は一生YouTube見て時間消費してそうだよねー」
「そんなことないもん、いつかやりたいことくらい見つかるもん」
「願ってるうちにもうすぐ高三終わりじゃん……」
本当に加奈はやりたい事見つけられないままになりそうなのが少し怖い。
翼も煽ってはいるが、最後の台詞には自虐が含まれていた。
そんな二人に救いの手を差し伸べるべく。
「ところでさ、加奈、翼」
とここまでは口に出したものの、なんだか恥ずかしくなってくる。
もじもじしていると翼がしびれを切らした。
「ここまできたら焦らさないで早く言えって」
「んーと、一緒にバンド、やらない?」
「あれ、ひびきちゃんソロでやるのかと思ってたよ。今までもそうだったし」
「まあそうなんだけど、バンドもいいかなって思って」
意を決して誘ったのだが、私が思っているよりも案外軽いのかな、と感じさせる反応だった。
「アタシはおっけーだよ、暇だし。やろうよ、バンド!」
「翼ちゃんがやるなら私もやろうかな。お小遣い足りるかな」
「ありがとうね、二人とも」
「照れんなって。それに、ひびきから何かに誘ってくれたの、これが初めてだしさ」
「あー言われてみれば確かにそうかも。ひびきちゃん、どこか冷めてる風だったから嬉しいな」
そうだっけかなと回想に入るが、言われた通り私から何かに誘ったものに心当たりはなかった。
私ってもしかしてつまんない奴なのか……
「んで、アタシら楽器はどうする? ひびきはギター決定だよね」
私はもちろんギター一択だ。
これだけはたとえギター三人で他の楽器をやる人がいない状態だとしても譲れない。
「二人がギターじゃなくていいのならあとはベースとドラムあたりじゃない? 希望は無いの?」
「「ベースやりたい!」」
腕を高く伸ばす二人。
ギターじゃなくてベースで被るのか。
翼はよく分からないが、加奈の理由は。
「……男か」
私の想像をそのまま口に出す翼。
いっそ清々しいくらいのにやけ顔で。
「そ、それで決めたわけじゃないし……」
「ふーん。へー。でも譲らなーい。ジャンケンで決めよ?」
鬼だ。鬼がいる。
なぜベースに固執するんだ翼は。
何か殊勝な理由でもあるのだろうか。
——ジャーンケーンポン。
「はいアタシがベースね。加奈はドラム決定!」
「翼ちゃんのバカ……」
「容赦無いな……」
「文化祭中はよく考えてなかったけど、やっぱリア充の芽は摘んでおかないと」
「性格悪いの出てるぞー。加奈にドラムスティックで殴られるぞー」
ここで私が加奈のドラムを確定させる。
性格が悪いのは何も一人ではない、私もその一員だ。
「ていうか、私って、ドラム買うの⁉」
「んーいや、今買うのはスティックだけでいいよ」
「よかったー。さすがにドラム買えるお金は持ってないからね……そういえばさぁ、楽器って買ったら名前、付けるんでしょ?」
「へえ名前なんて付けるんだぁ。ひびきのギターにも付いてんの? あっ」
加奈の誘導に乗って話を進めてしまったことに気づきハッとする翼。
それだけに飽き足らず私まで巻き込むという戦犯っぷり。
自分のベースを呼んでいる姿を想像してしまったのか、だんだんと頬を染める。
だがもう遅い、せめて私だけはこの恥辱から抜けてやる。
「……私は付けてないよ。店員さん、ミルクティーおかわりください!」
「じゃあ皆で楽器の名前考えないとだね! ね、翼ちゃん?」
「はひっ」
当然のように翼が攻められる。
そして私も脱出失敗。
ドラムの件の仕返しか、嬉々としている加奈。
愛らしい笑顔をしているが、この子も当然いい性格をしているのだ。
「それより、翼はベース買わないとだけど大丈夫なの? 高いよ?」
「お、お小遣い十万ちょっとはあると思う。バイトしててよかったぁ。ちなみにどれくらいするの?」
「ベース本体だけなら十万でもなんとか。他の高い機械とかは貸したげる。でもいいの? お小遣い吹っ飛ぶよ?」
「まあしょうがないっしょ。買いたい物が無かったから貯まってるだけで、別に貯めようとは思ってなかったし」
「ド、ドラムでよかったかも……」
お金貯めるの下手そうな奴に限ってなんでこんなにしっかりしてるんだ。
先ほど失敗に終わった名づけ回避のために注文したミルクティーが届く。
別のやつ頼めばよかったな、と少し後悔した。
「じゃあ楽器屋さん、明日にでも行かない?」
「アタシはいいよ。明日休みで助かったわ」
「私も大丈夫。スティックの選び方とかも少し調べておこうかなー」
翌日の午前十時に駅前集合と決め、その日は解散した。
このまま楽器に名前を付けるなんて恥ずかしいことは忘れてほしいと切に願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます