5話 私の希望と俺の絶望
会場が咆哮を上げた。
シズカさんがステージに現れた時とは比べ物にならないそれは、体育館を貫き近隣まで広がるほどだった。
「ありがとうございました‼」
文化祭乗っ取りライブを終え、私はステージの袖幕に姿を消す。
これまでに一度も感じたことのない充実感と爽快感が私の心を快晴に染め上げた。
興奮で震える体に構わず、シズカさんへ肉薄する。
「シズカさん! ありがとうございました!」
飛ぶであろう汗も気にせずに勢いよく頭を下方に振る。
「ひびきちゃんお疲れ。さいっこうだったよ!」
向けられたフィストバンプの手に応じる。
それだけでは興奮を抑えられず、憧憬にギュッと抱き着いてみる。
シズカさんにさわやかな笑顔で頭を撫でられると、急に冷静になった
「す、すみません急に」
「いいのよ、気にしないで」
シズカさんから離れた私は、冷静になった頭で質問を投げる。
「あの、どうしてここにいるんですか? それに私の名前……」
「Twitterよ」
ふふっと笑いながら近くの椅子に腰かけギターをおろすシズカさん。
隣のスーツの女性から水筒とタオルを受け取り、ありがとうと礼を言う。
それを見た私も隣に置いてあるケースにギターを仕舞った。
「ひびきちゃんのアカウントのツイート見たのよ。あんなの見せられたらやるしかないじゃない」
「先輩、ひびきちゃんのこと好きですもんね。それでもここまで勝手されると困ります」
「その声、もしかしてソノさん⁉」
「ええそうよ、先輩がお世話になりました」
両手をブンブンと振りながら必死に滅相もない、と告げる。
ソノさんはシズカさんと同じ『ATH』のメンバーで、担当はキーボードだ。
「あははっ。スーツだし髪もポニテだから分からなかったのか」
今のソノさんはお淑やかでしっかり者という印象しか受けず、ライブの時の激しい印象は皆無であった。
画面越しに見るソノさんは艶やかな茶髪を下ろしているし、もちろんスーツも着ていない。
その違いすぎる雰囲気の差ゆえに声を聴くまで全く気付くことができなかった。
「話を戻すと、ここに来たのは完全に私のエゴなのよ」
「と言うと?」
「ひびきちゃん才能あるから、ここで音楽選ばなかったら嫌だなって」
「先輩はひびきちゃんの演奏を初めて聞いた時から執心してるんですよ」
シズカさんの言葉を補うように、微笑みながらソノさんが続く。
「それはその、何と言いますか……ありがとうございます」
照れ臭くって顔を見れず、頬を掻きながら目線を変える。
「自己中心的でごめんね。でもこれからのひびきちゃんを見てみたかったの」
「いいえ。私、踏み出せたのがすごくうれしいんです。シズカさんには感謝しかないです」
「自分の気持ちに正直になれたのならよかったよ。ちゃんと頑張って続けるんだよ?」
「はい、必ず追い抜きます」
私の固い宣戦布告の意を告げた。
「先輩、そろそろ行かないと」
「ああ、もうやばそうね」
ふと観客席を覗くと、さっきまで座っていた大勢が舞台裏の入り口に集まっているようだ。
さすがシズカさんと言う他ないだろう。
ソノさんがシズカさんのギターをケースに仕舞い、体育館を出る準備が整う。
「じゃあね、ひびきちゃん! 次合うのはドームかな。せめてそれまでには追いついてね」
「ありがとうございました。次はドームで‼」
体育館後方の出入り口に駆けていく二人を見送った私の瞳にはもう迷いの色は無く、夢と希望に満ち溢れた色のみが輝いていた。
心が死ぬ音、というものを
上代ひびき、彼女の音楽はまだ粗削りだ。
しかし、わずかな練習のみで『ATH』の曲を弾き切ってしまった。
この一言だけで上代の圧倒的な才能を表すには十分だろう。
異次元なオーラに気圧された俺は、天を目指すための羽を毟り取られた。
可能性が違う、才能が違う、格が違う、何もかもが違う。
「おい和馬! どうしたんだよ、行くぞ! あんなの見せられちゃあ俺らもやるしかないだろ!」
親友の声はかろうじて聞こえた。
しかし慄いた体は言うことをきかない。
次第に呼吸が早くなり、俺はそのまま意識を飛ばしてしまった。
「起きたか和馬。調子はどうだ?」
一面の白と、親友――
「ライブは! どうなった!」
「もう終わったよ。今は俺だけ。みんな文化祭回ってるよ」
焦りと恐怖で冷や汗が溢れるのを感じる。
「ステージ、出たのか?」
「ああ。ベースは先生に入ってもらって、歌は俺が。まあボロボロだったな」
「本当にすまん。迷惑をかけた」
ひとまずライブ自体はできたという事実に落ち着きを取り戻す。
次には悔しさが波のように押し寄せる。
上代の才能に絶望し、挙句メンバーが心待ちにしていた最後の文化祭ライブをぶっ壊した。
みっともない自分に嫌気がさした。
「やっぱお前がいないとダメだわ、和馬。テンションが上がらん」
「……しばらく一人にしてくれ」
「わかった。連絡くれたら行くから」
――ごめん智。俺はもう飛べない。俺はもう、音楽をやめる。
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