2話 ウンポーコ、先の私

 加奈は悪魔ふつうに魂を売った。

 自身の夢や希望を引き換えにして平穏で平坦な人生という悪魔の力を得た。

 翼だってそうだ。

 皆がアタリマエにやっている、悪魔に魂を売るという行為が私には躊躇われることだった。

 かといって夢を追う覚悟も私には無い。

 夢というのは綱渡りと同じで、スリリングな上に愉快爽快な日々なのだろう。

 しかし一歩踏み外せば即詰みだ。

 その時点で魂を売った方が良かったと後悔にむせび泣くだろう。

 だったら、安全に安泰に、良い大学に行けばいいではないか。

 ホントの気持ちは、どんななんだろう。

 文化祭の準備が完全に終わってやっと帰路へ。

 道中でそんなことを考えているが、今日も決められないのだろう。

 思考を切り替えるために首にかけていたヘッドホンをつける。

 音楽アプリを起動させ、ちょうど今のようなネガティブを吹き飛ばしてくれる好きなアーティスト——『ATH』の曲を流す。

 バンド名は『At The Height』の略だ。

 ボーカルのシズカの高音は、どこか重たさを感じさせる。

 相いれないはずの感覚が重なるその美声は魅力的という他ない。

 私の憧れの人だ。

 アップテンポが格好いいこの曲は『ATH』の曲の中でもイチオシだった。

 ぐるぐると回って一年半。

 未だに同じところを回り続けるこの思考はいつ軌道を外れるのだろうか。

 まあそれよりも今はこの歌詞に込められた想いに耳を傾ける。

 その後もシズカの美声に癒されていると、気づけばもう自宅。

 こんな自分でも前へ進めるかも、そんな気分で玄関のドアを開けた。

「ただいまー」

「姉ちゃんおかえり。明日のメイド服、楽しみにしてっから」

「バカたれ、私は料理担当だから着ないぞー」

 靴を放り投げて海斗にカバンを投げつける。

 手を洗った後はすぐにリビングに向かいギターケースを立て掛ける。

「おかえりひびき。あんたの教室って第一校舎の三階だったわよね?」

 キッチンから夕飯の料理を運ぶお母さんに私は首肯する。

「そうだよ。ていうかみんな、文化祭楽しみか」

「そりゃあそうだろう。高校最後のひびきの文化祭だからな」

「お父さんらしいね。あんまりはしゃがないでよ?」

 ここ数日のお父さんからの話は文化祭の話で持ち切りだっだ。

 今も笑顔のお父さんに少し微笑む。

「そういえば進路調査はどうしたんだ? もう大学は決まったのか?」

「うーん、どうしようね。まだ分かんないや」

 苦笑いで返す。

 なんだか両親に相談しても意味が無い気がして、かえって面倒を押し付けそうで。

 そんな気がしていたので話していなかった。

「本当にもう待てないからな」

「もうそんな風に言わないの。悩んでるなら相談に乗るわ」

「アリガト、お母さん」


 食事を終えて自室に籠る。

 昨日の睡眠不足が災いしているがまだ寝るには早すぎる時間だ。

 おもむろにギターを手に取り椅子へ腰かける。

 アンプは怖くて繋げないが、弦だけでも弾けるので構わない。

 帰りに聴いていた曲をゆっくりとしたテンポで奏でる。

 思考するは進路のこと。

 そうして時間が過ぎていくことになんだか恐怖を感じる。

 ——このまま人生終わんのかな。

 音楽をしたいという明確な夢はあるのに踏み出せない。

 きっといくつかの選択肢で迷っているのではなくて。

 失敗して傷つくのが怖いだけなのだろう。

 先にいるのはどんな私なんだろうか。

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