第109話 サヤの覚悟

 サヤは担いでいたポメルを芝生の上に大事に横にした。先ほどのチャノメの薬が効いているのか、酒の影響かはわからないが、いまだに彼女の意識は戻らない。

 呼吸は浅く、時折苦しげな表情を浮かべている。

 

 放っておけば、蟲に体を乗っ取られ廃人と化し、生者を襲う化け物と化す。

 もしくは、そうなる前に――。


 昨日、梳かしてやった滑らかな髪に指を通し、その頬に触れる。

 それから、クロハナへと向き直ると、腰に下げていた白鞘を地に置いた。

 

 自らも地に膝をおろすと、ゆっくりとした動きで頭を下げた。

 その動きは流麗で、まるでそこまでが一つの舞であるかのように錯覚するほどの仕草である。あまりにも真に迫るサヤの振る舞いに、クロハナもそこから視線を外すことができなかった。

 サヤは顔を地に伏せたまま、静かに言葉を発した。


「あんたの流儀や主義は、あたしにはわからねえが、あたしにも譲れないものはある。こいつはあたしの大切な相棒なんだ。獣人だとか人間だとかそんなものは関係ない。世界の理なんてものを語れるほどたいそうな人間じゃねえが、目の前の大切な人がどうにかなりそうってのを見過ごすほど人でなしでもねえんだ。だから、あんたにその力があるなら、どうかこいつを助けてやってほしい」


 サヤは地に膝をついた状態のまま、懐から短刀を取り出すと、自らの髪へとあてがう。


 クロハナが目を見張るようにその一連の所作を見つめていた。

 サヤは躊躇なく、刃先を横に一閃すると、その長く美しい髪は踊るように芝生の上に落ちた。

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