第108話 クロハナの信念

 道と呼ぶのもはばかられるような茂みにげんなりとする。

 しかし、今度はそれほど時間がかかることなく視界が開けた。

 さわやかな風がサヤの頬を撫でる。

 茂みを抜けた先はいつのまにか高台となっていた。


 そこにチャノメよりも二回りほども大きな獣人がこちらに背を向けて腰を下ろしている。

「人間の臭いが強いと思えば、チャノメの仕業か」

 こちらを振り返ることなく、つぶやくその声に呼応するように周囲の木々がざわざわと揺れた。

「おじさん、診てもらいたい子がいるんだけど」

「断る、人間に手を貸すつもりはない。――たとえ、それが獣人であったとしてもな」

 そこでようやく振り返る。


 真っ黒い鼻先がサヤのもとへと突きつけるように向けられた。

「帰るんだな、獣は森に、人は村に。そうして分かつことが世界の理なのだ。おまえも人間の村へと足を踏み入れるなと何度も話してきただろ」

「でも、人間には俺たちの薬が役に立つはず。それに悪い人たちばかりじゃない」

 特有の鋭い視線がチャノメの姿を捉える。


「そう言っていたてめえの親父が人間たちにどんな目に合わされたかは知ってるだろッ!!!」


 有無を言わせぬ拒絶の意志がそこにはあった。

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