第65話 『英雄』の最期
呆然と虚ろな表情のまま、火渡蓮司はその場にへたり込んでいた。
サヤが『鞘』としての仕事を全うしたことを確認すると、ポメルも自らの仕事を全うするために彼に近寄った。
「あなたは本来この世界にあるべき存在ではありません。よって、あなたを元の世界に返送します」
「え?」
蓮司が顔を上げる。
「この世界でのことは忘れ、元の世界で元のように――」
「ウソだろ、待ってくれ」
彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。
異世界への転送を行う術である。
「嫌だ、戻りたくない」
「力も持たないあなたがこの世界にいたとしても何の意味はありませんよ」
「それでも向こうに帰るなんて嫌だ。ああ、そうだここでフレアと一緒に暮らそう。もう馬鹿げた力を望んだりしない、だから――」
フレアの方を振り返る。憐れむような瞳が、自分を見返している。
――あなたは『英雄』なんかじゃなかったのよ。
その言葉をきっかけとしたように火渡蓮司の体は元いた世界へと転送されていた。
それが、蓮司が二度と訪れることのないこの世界でみた最期の光景であった。
どこかの遠い、平穏で平和で平凡な世界。
「おい、火渡。下校の時間だぞ」
夕日が差し込む教室の片隅。蓮司は、呆けた様子で椅子に座っていた。教員の声で、我に帰る。
「ああ、はい」と短い返事で鞄を持った。
何か大切なことがあったような気がするが、思い出せない。
頭がまだぼんやりとしていた。
寝ぼけているのだろうか。
校門をくぐる彼の姿はやがては往来の人の波の中へと飲み込まれ、見えなくなる。
退屈で、つまらない日々が、また始まる。
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