第63話 抜刀

 火渡蓮司の中心なかごが折れるのを感じた。

 サヤはそれを見逃しはしなかった。

 

 白鞘を腰に携え、居合の構えを取る。

 何もない鯉口に対し、まるで抜刀するかのように右手を添えた。


 すべてはこの一瞬のため。

 

 サヤが地を蹴り、間合いを詰める。

 すれ違いざまにその見えない刀身を抜いた。


 静寂――。


 やがて蓮司が、がくりとその場に膝を折った。

 

 いつの間にかサヤの右手には美しい刀身を持つ刀が握られている。

 それは、火渡蓮司から剥奪した『劔』の力が具現化したものである。


 彼女はゆっくりと胸の前で、その刀を鞘にあてがう。

 飾り気のなかった白鞘は、精巧な細工と模様が施された禍々しくも美しい姿に変わっている。

 うねりをあげる紅蓮の炎をかたどり、その荒れ狂う力強さを表すかのように模様が刻まれている。

 

 『劔』の力を納めるにふさわしい鞘を作り出す。

 それが、『鞘』である彼女の力だ。


 彼女が納刀する音が、その空間の静寂を貫いた。

 

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