冬色スパルタン

 ほのかは教室でスマホと教科書を交互に眺めていた。

 スマホを触りたい気持ちを必死に抑えながら、勉強をしていたが、ついスマホを見てしまう為なかなか集中出来ずにいた。

 そんな時、正面から現れたのは陽太と冬真だった。


「おはよー、月島さん。あ! スマホ、ついに買ったんだ!!」


 陽太はほのかの机に置いてあったスマートフォンを見て興味津々で言った。


「本当だ、しかも最近出たばかりのだな」


 スマホに詳しくないほのかは冬真にそう言われて初めて最新で良いスマホなのだと知った。


「早速アドレスとか交換しよう!」


 ほのかはコクコクと頷くと陽太達が率先してアドレス登録等をしてくれた。

 アドレスに時雨の名前の他、二人の名前が加わりほのかは自分の周りに花でも咲いたかの様に喜んだ。

 だが、それも束の間で、一週間後のテストの事を思うとすぐにどんよりとした顔で背中を丸めた。


「あれ? なんか浮き沈みが激しくない?」


「文字通り一喜一憂と言ったところだな。何かあったのか?」


 冬真がそう訊ねると、ほのかはスマホを貰った経緯を説明した。


「それ、あのストーカー保健医からか・・・・・・、それちょっと見せてもらってもいい?」


 冬真にそう言われほのかはスマホを差し出した。

 何かを探すように画面を動かしていると、その何かを見つけたのか冬真は溜め息をついた。


「やっぱりな。あの保健医、ちゃっかりGPSアプリを入れてるな。どういう仕組みか分からないけど、消せないようになってる・・・・・・」


「あー、あの先生ならやりそうだな」


 陽太はケラケラと笑って言った。


【あの黒いやつの代わりだって言ってた】


 ほのかはGPSについては良く分かっていなかったが、今のところ実害が無い為なんとも思っていなかった。


「まあ・・・・・・月島さんがそれで大丈夫ならいいけど」


 冬真は心配そうな複雑そうな顔をしてほのかにスマホを返した。


「それで、月島さんって学年で二十番以内って余裕な感じ?」


 陽太がそう聞くと、ほのかは石みたいに固まり、この世の終わりの様な顔をした。


「あー、これダメっぽいな」


「今までの成績はどの位なんだ?」


 冬真はジリジリとほのかに近付き更に質問をした。

 ほのかは顔を近付けて追及してくる冬真と己の成績に対して羞恥心を感じながらもスケッチブックに字を書いた。


【中の下位】


「ふむ・・・・・・」


 その時、冬真の眼鏡がキラリと光った様な気がした。


「月島さん、心配する事はない。全て、俺に任せろ。中の下から二十番以内まで順位を上げるとか、腕が鳴るじゃないか」


「月島さん、冬真の火、着けちゃったみたいだね。勉強を教えてくれるってさ。こいつの成績、学年で一番だから頼りになると思うよ」


「何を言っている? 陽太、万年赤点ギリギリなお前もついでに面倒を見てやる。有難く思えよ?」


 冬真は眼鏡のずれを直すようにクイッと上にあげた。


「ええっ!? 俺も?」


 喉の奥を鳴らす様に笑う冬真は妙にやる気が出ていて拒否権は無さそうだとほのかと陽太は思った。




 テストまでの一週間は部活も休みになり、放課後、三人は図書室で勉強をする事になった。


「おーまーえーはー、こんな簡単な問題も分からないのか? いっその事、小学生からやり直したらどうだ?」


 冬真は冷ややかな目をし、定規を鞭でも持つ様にして教鞭を奮っていた。

 今も陽太に対して数学を教えているところだった。


「お、鬼だ、ここに鬼が居る!」


 陽太は冬真がテストに出ると予測した問題集を必死にペンを動かして解いていた。


「月島さんも分からない所があったらいつでも聞いてくれ。全力でサポートさせてもらうよ。として、な」


【ありがとう】


 冬真の教え方は非常に分かり易かった。

 これならもしかするともしかするかもしれないと思う程だった。

 難があるとしたら、冬真の出してくる問題量が凄まじく多い事と・・・・・・。

 ほのかはチラッと周りを見た。


「キャー、三寒四温の二人が一緒に勉強してるー!」


「ほんとだ、超眼福なんだけど!」


「一緒に居る子は誰?」


「ああ、耳が聞こえない子で三寒四温がお世話係なんだって」


「なら仕方ないか、いいなあー」


 陽太と冬真を目当てにしている女子のギャラリーが多く、声が聞こえないのが幸いだったが、常に見られているのが妙に落ち着かなかった。




 翌日、ほのかはどうしてこうなったのか、と何度も今の境遇を考えた。


「月島さん、手、止まってるけど、こっちを見ている場合?」


 ほのかはボーッとしていたせいで冬真の目とぶつかり、ペンが止まっている事を咎められた。

 陽太が放課後チャイムと共にダッシュで逃げてしまった為、今日は冬真と二人で勉強していた。

 しかも、図書室では集中出来ないだろうという事で、ほのかの部屋で勉強をしていた。


【申し訳ありません】


 二人きりだろうと冬真のスパルタは相変わらずで、ほのかは緊張からもあり、つい敬語を使ってしまった。


「それとも何? 分からない問題でもあった?」


 眼鏡の奥の瞳がほのかをじっとをとらえた。

 真剣で真っ直ぐな瞳に絡め取られたほのかは胸の鼓動がどんどん加速していくように感じ、増々集中出来そうもなかった。

 質問も思いつかなかったほのかは話を逸らす事を試みた。


【どうしてそこまでしてくれるの?】


 友達とはいえ、冬真が自分の時間を削ってまで勉強を教えてくれる事にほのかはとても感謝していたが、それと同時に不思議にも思っていた。


「・・・・・・あの保健医」


 冬真は躊躇ためらう様にポツリと言い、ゆっくりと言葉を選んで言った。


「あの保健医に一泡吹かせてやろうと思っただけだよ」


 確かに、時雨とは賭けをしていた。

 だが、賭けに勝っても冬真には何の益もないのにと、ほのかの質問は謎を深めただけだった。

 だが、ここまでしてくれる冬真の為にも期待を裏切れないと感じ、勉強を頑張ろうと胸に闘志の火が灯った様な気がした。

 そこで、もう一つ質問をしてみようとほのかは思った。


【テスト勉強のコツとかある?】


「コツ・・・・・・? そうだな、俺の特製プリント千枚をこなせば学年一位も取れるかもしれないが?」


 そう言って家で作ってきたと思われる手作りプリントの山を見てほのかは聞かなければ良かったと思った。

 勿論その尋常ではない量のプリントは残りの日数で毎日やっても終わりそうになかった。


「あとは・・・・・・、今じゃ当たり前になってて意識してなかったけど、昔はテストが終わったら自分に何かのご褒美を用意してたな」


【ごほうび?】


「ああ、テストが終わったら買いたかった物を買うとか、食べたかった物を食べるとか、そんな感じだな。そうだ、もし、二十番以内に入れたら・・・・・・俺からご褒美、あげようか?」


 そう言ってフッと優しく笑う冬真の顔に、ほのかはドキリとし、気が付くと真っ直ぐに頷いていた。

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