秋色ギャンブラー
ショーケースに並ぶ、赤やピンク、青や黒等様々な四角い物体をほのかは食い入るように見ていた。
それは過去、あまりいい思い出がなく、一度自ら手放した物だった。
そして、今一度、それを手にしようと思ったのは友達と言える存在ができ、
しかし、その天にも登る気持ちも、ショーケースに貼られた金額を見て地獄の底に叩きつけられるような衝撃を受けた。
それは仕送りで生活している高校生の貯金ではとても手が出せない金額だった。
しかも、料金プラン等によって金額が細かく違い、ほのかはただただ頭の中をクエスチョンマークで埋め尽くすしかなかった。
ショーケースを覗き込んでいるとそのガラスに良く見知った顔が映りこんだ。
「あれ、ほのかちゃん、スマホ欲しいの?」
ガラスに映った口元を見るとそう言っているのが分かった。
【時雨兄、こんにちは】
ほのかは振り返ると後ろに立っていた時雨に挨拶をした。
時雨は休日ということもあり、薄手のジャケットにTシャツといった、カジュアルな格好をしていた。
【実は・・・・・・】
ほのかはあの後、陽太達と昼にすれ違ってしまった事について、やはり連絡手段があった方が良いかもしれないという話になったのを時雨に話した。
「なるほどねえ。今は電話を使わなくてもメールとかは出来るしね。じゃ、僕は用事があるから、またね」
そう言って時雨はほのかに手を振り、あっさりと店の中へと消えてしまった。
ほのかは少し寂しさを感じながらも手を振り時雨を見送ると、再びショーケースのスマホを見詰めた。
これだけの金額をどうやって支払おうかとほのかは頭の中でシュミレートし始めた。
アルバイトをするとして、自分に何が出来るだろうか?
どうせやるならケーキ屋さんとかにほのかは憧れていた。
しかし、耳の聞こえない自分には注文は取れそうにない。
ケーキを作るとして、上手くできる自信もない。
失敗し、店に損害を与え、莫大な借金を抱え、怖い所からお金を借り、それでも返せずに借金が膨らみ、そして地下の強制労働施設に送られる・・・・・・そんな妄想を小一時間程していると時雨は店から戻ってきた。
「あれ、ほのかちゃんまだ居たんだね」
【泥沼です!】
「うん・・・・・・今度はなんの妄想してたのかな?」
涙目でスケッチブックを見せるほのかに対して、時雨は苦笑してそう言った。
ほのかが良く突拍子もない事を言い出すのは、大体変な妄想をしている時だと時雨は分かっていた。
「それより、時間があれば少しデートしない?」
ほのかが時雨に付いて行くとそこはいつもの時雨の家だった。
「お家デート・・・・・・なんてね。ごめんね、一応人目を気にしないといけない職業だから」
そう言って時雨はほのかにダイニングテーブルのイスを引き、座るように促した。
今までも、時雨はほのかとは隣の部屋に住んでいるとはいえ、なるべく一緒に出掛けたりなどはしないようにしていた。
時雨はコーヒーを用意すると席に座った。
「はい、ほのかちゃんはいつものカフェ・オ・レね」
【ありがとう】
「じゃあ本題だけど、ほのかちゃん、いつも持ち歩くように言っている
ほのかはポケットから黒く重量感のある四角い物体を取り出した。
四角い物体、もといGPSはゴトリと音を立ててテーブルに置かれ、それを時雨に差し出した。
「うんうん、ちゃんと持っていて偉いね。じゃあこれと交換ね」
時雨がほのかに渡したのはピンク色のスマートフォンだった。
【!?】
それはあのショーケースの中でも一番デザインが気に入っていた物だった。
ほのかは手にしっくりとくるそれを持ち、目を輝かせながら上にかざしたり、くるくると回ったりした。
「それ、ずっと見てたでしょ? 気に入って貰えたかな? あ、僕のアドレスも入れてあるからね」
そう言われてほのかは頷こうとして我に返った。
そう、ショーケースに飾られていたスマートフォンの値段を思い出したのだった。
【でもこんな高価な物もらえない】
ほのかはやはり貰う訳にいかないとスマホを時雨に返そうとした。
「うーん、君のご両親から、もしまた携帯を欲しがる事があれば買ってあげるように言われているから、遠慮なく貰って欲しいところだけど・・・・・・」
【働いて返す】
時雨は困った様な顔をした。
ほのかは偶に強情な時があり、言い出したらなかなか聞かないのを時雨は知っていた。
「こんな時くらい保護者として役に立ちたいのになぁ・・・・・・働くってどうやって?」
【肩叩き100年分?】
「僕あと百年も生きてられるか自信が無いなぁ・・・・・・」
時雨は子供っぽい事を言うほのかにクスリと笑った。
「それとも・・・・・・」
急に時雨はほのかにずいっと顔を近付け、ほのかの顎に手を触れ、大人の色気が感じられる瞳で見詰めた。
「僕の傍に一生一緒に居るっていうプロポーズと捉えていいのかな?」
ほのかは思わぬ事を言われて赤面した。
自分はなんて恥ずかしい事を言ってしまったのかと慌てた。
「何? 違うの? 」
時雨は残念そうな顔でほのかから手を離した。
「じゃあ僕が提案する賭け、するって約束する?」
ほのかは取り敢えずプロポーズよりはマシだと思い、深く考える事なく勢い良く頷いた。
「ほのかちゃん、一年生の学年は何人?」
ほのかは教室に居る生徒の数を思い起こした。
ひとクラス当たり約三十人、そしてクラスは四つ。
【120人位?】
「うん、そうだね。で、もうすぐ中間テストだと思うけど・・・・・・」
テストと聞いてほのかは嫌な予感がし、顔を青くさせた。
そのキーワードは学生にとっては一番聞きたくないものであり、日々迫るその日をなるべく思い出さないように現実逃避して過ごす、それが今までのテスト前のほのかだった。
「中間テストの結果で学年二十番以内に入れたらそれは晴れて君の物だよ」
二十番以内と言われてほのかはまるで雷にでも打たれたような衝撃が走った。
【もし入れなかったら?】
ほのかは恐る恐るそう聞いた。
「もし入れなかったら? そうだねえ、それを取り上げる事はしないけれど、言いつけを守れない悪い子にはお・し・お・きかな?」
急に良い事を思いついたかの様に時雨は嬉々として人差し指を立てて言った。
一体どんなお仕置きを考えているのか、その時雨の楽しそうな笑顔にほのかは更に顔を青くした。
ほのかはとんでもない約束をしてしまったと今更ながら後悔した。
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