X’mas if 前編 聖夜の祝福と絶対零度

 十二月二十四日、世間はクリスマスと騒ぐが、冬真はクリスマスが好きではなかった。

 厳格な父と母に育てられ、クリスマスだからといって特別に何かをする事もなく、プレゼントなんかも貰った事がなかった。

 いや、正確に言えば、二十五日、クリスマスが誕生日でもあるが故にクリスマス兼誕生日プレゼントになってしまうのはいつもの事だった。

 真面目過ぎる両親が選ぶ物と言えば、ある年は図鑑、ある年は辞書、ある年は算数ドリル等、自分が欲しいと思った物を貰った事はなかった。

 そして、高校生にもなると両親の仕事はより忙しくなり、殆ど家には帰ってこなくなった。

 そんな家族が誕生日に用意した物と言えば・・・・・・。

 冬真はダイニングのテーブルを見た。

 そこには「これで好きな物を買いなさい」とだけ書かれたメモと、裸で置かれた三万円があるだけだった。

 三万円ともなると、高校生には少し大きな額だが、当面の生活費も含んでいるのだろうと冬真は計算した。

 それでも、テーブルの上に参考書が置いてあるよりはまだましだと思いながらそのお金を財布に入れた。

 軍資金を手に入れた冬真は、どうせなら休日を豪遊して過ごしてやろうと考えた。



 町は十二月特有の緑や赤や金に銀と鮮やかなクリスマスカラーに包まれていた。

 至る所でリースやツリーにモールの装飾が目につく。

 それを特に綺麗だとか、楽しそうだとか思う事もなく冬真は歩いていた。

 通りでは幸せそうな家族や、恋人達の姿で溢れていた。

 そんな人々を見て冬真は苛立った。


「クリスマスなんてバカバカしい」


 冬真はねずみ色の空を見てそう呟いた。


「ホウホウホーウ、それは聞き捨てならないな」


「え?」


 いきなり後ろからそんな声がして冬真は振り向いた。

 そこには丸いサングラスをかけ、偽物の白い髭をつけ、派手な赤いサンタ服を着た二十代位の金髪の男が古びた白い布の袋を担ぎながら立っていた。

 その大きな布の袋には中身は分からないがプレゼントの箱でも入っているのかあちこち凸凹ができていた。

 明らかにどこかの店のバイトか何かだろうと冬真は考えた。


「君、なんでクリスマスがバカバカしいのかね?」


 その怪しい男は冬真に顔をずいっと近付けそう言った。


「なんですか、いきなり・・・・・・。日本の行事でもないのにバカバカしいと言って何が悪いんですか?」


 冬真は場が凍りつく様な瞳で男にそう言った。

 その冷たさと言えば子供が見れば泣き出しそうな程だった。


「ホウホウホーウ、悲しいねぇ。少年、もっとこうクリスマスらしくワクワク! とか、ドキドキ! とかないのかね?」


「ないです。あの、もういいですか? 急いでるんで」


 冬真はこれ以上変な奴と関わるまいとそう言った。


「何を言っているんだ少年! クリスマスだぞ? もっと楽しまないと!」


「いちいち余計なお世話なんですけど。そもそも、名前も知らない様な人からそんな事言われる筋合いは・・・・・・」


「俺の名前は・・・・・・サ、・・・・・・黒須 三太だ! どうだ、これで俺達は立派な知り合いだ!」


 その黒須 三太と名乗る男はぐっ、と親指を立ててそう言った。


「知り合いって、そういう問題じゃ・・・・・・。っていうか何その胡散臭い名前」


「細かい事は気にしない! 君あれだろ、そのひねくれ方はクリスマスにいい思い出がなかっただろう? もしくは小さい頃サンタさんを信じない派閥の人間だったんじゃないか?」


「・・・・・・何その派閥? そもそも、サンタなんか居ないし、小学生時代に超リアルな人体模型とか、ノート一年分とか貰うような家庭に居て、いい思い出も何もないし」


 冬真は過去のクリスマスを思い出し、より一層暗い表情になった。

 物心ついた頃からサンタは居ないと分かっていたし、クリスマスに欲しいおもちゃを貰っている友達を見ても、自分には関係の無い事だと諦めていた。

 自分の家はクリスマスとは無縁なのだと。


「ホウホウホーウ、少年スレてるねぇ。そんなのこれからのクリスマスを楽しめばいいんだよ!」


「はあ・・・・・・」


 冬真は段々とやたらとテンションの高い男の相手をするのに疲れてきた。


「うーん、うーん、そうだ、君あれでしょ、サンタさんから祝福を貰いたかったとかじゃない?」


「は?」


 祝福・・・・・・普通はプレゼントではないのかと冬真は違和感を覚えた。


「よし、ここは俺とゲームをしようじゃないか」


「いえ、結構です」


 冬真は間髪入れずにそう言った。


「この町のどこかにサンタさんからの祝福を隠したから、それを見つける事!」


「おい、人の話を聞けよ」


 冬真はそう言うも男は聞く耳を持たない。


「あ、ちょっと待って」


 そう言うと男は物凄い速さで走り出したかと思うと数秒後には何かを連れて戻って来た。


「え、なんで・・・・・・?」


 男が猫の首根っこでも掴むように連れてきたのはほのかだった。


「一人じゃ寂しいかと思ってその辺に居たからお友達を連れてきたよー。二人とも! 祝福を見つけるまでこの町、具体的にはこのマップから出られないからファイト! んじゃ、俺は仕事に戻るから。諸君! 健闘を祈る! メリークリスマース!!」


「ちょっ、おい!!」


 一方的にそう言い残して男は軽快にハンドベルを鳴らしながら去っていった。


【氷室君、こんにちは。さっきの人は知り合い?】


「いや、知らない。きっとただの変人だろう。・・・・・・なんか巻き込んだみたいでごめん」


【暇だったから大丈夫!】


 ほのかは笑ってスケッチブックにそう書いた。


「はあ・・・・・・なんかどっと疲れたから俺はもう帰るよ。月島さん、良いお年を」


【良いお年を】


 冬真は真っ直ぐに来た道を戻ろうと歩みだした。

 だが、暫くして冬真は異変に気が付いた。


【氷室君、帰ったんじゃ?】


 冬真はウィンドウショッピングをしていたほのかに出くわした。


「え?」


 帰ろうとしていた筈なのに冬真は元の場所に戻って来てしまっていた。


「どういう事なんだ?」


 もう一度と真っ直ぐに道を歩くも結果は同じでほのかの居る通りに辿り着いてしまう。

 冬真は何度もルートを変えながら走ってみたが、結果は一緒だった。

 ほのかは何度も何度も自分の目の前を走ってくるそんな冬真を不思議そうな顔で見ていた。


「はー、はー、嘘だろ・・・・・・」


 冬真は歩き慣れた町の道を間違える筈はないと道に立っている地図の看板を見た。

 そしてある事に気がついた。


「まさか・・・・・・」


 丁度戻ってしまう辺りは地図の境い目だった。

 そして、あの男の言葉を思い出した。


『・・・・・・二人とも! 祝福を見つけるまでこの町、具体的にはこのマップから出られないから・・・・・・』


「あいつか・・・・・・ふざけんなよ」


 冬真はワナワナと拳を震わせた。

 こんな非科学的な事、とても信じられなかったが、実際起きてしまっている。

 願わくば、これが夢であって欲しいと冬真は思ったが、拳に食い込む爪の痛みはそれを否定していた。


「月島さん、どうやらこの町から出られないようだ・・・・・・」


 冬真がそう言うと、ほのかはキョトンとした顔で冬真を見ながら小首を傾げた。

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