Cloudy Hearts

 翌日早朝、陽太は冬真と教室で話していた。


「うーん、なんか気になるんだよなー」


「月島さんの事か?」


 冬真はほのかの席を見た。

 いつもなら教室に来ている時間だったが、今日はまだ姿が見えなかった。


「そうそう、昨日も何か話したそうにしてたけど、放課後は結局担任にさんざんこき使われて、戻ってきたら月島さんは居ないし、五十嵐さんから先に一緒に帰るってメールが来て話は出来ずじまいだし」


 その事に関しては冬真もずっと気にしていた。

 愛華が昨日一緒に帰ったというのもまた気掛かりだった。


「まあ、今日話を聞いてみればいいだろう」


 暫くするとほのかはホームルームギリギリの時間に教室にやってきた。

 少し息を荒くしている様子から急いで来たのだろうと二人は考えた。


「あ、月島さん、おはよう。今日は遅かったね」


 陽太はにこやかに朝の挨拶をした。


【おはようございます。ドーナツの海におぼれる夢を見ていたら寝ぼうした】


 ほのかがそう書くと陽太はどっと笑い、冬真も声を押し殺すように静かに笑った。


「ドーナツ? 好きなの? 月島さん結構食いしん坊だよね?」


【おぼれるならイチゴ牛乳が良かった】


 ほのかはイチゴ牛乳の海で泳ぐ事を想像した。

 例え溺れても、もしかしたら飲み干せばいけるような気がしていた。


「それより、月島さん昨日何か言おうとしてなかった?」


 冬真は時計を見てあまり時間が無さそうなのを考え、話を促した。

 ほのかはそう言われ、緊張で固まった。

 昨日の夜から寝不足になるくらい、何度もシュミレーションしたというのにいざとなると頭が真っ白になった。

 ほのかは焦り、混乱し、狼狽えた。

 頭からは熱々の湯気が出てるのではないかと思うくらい、良く回らない頭で書いた文字はこうだった。


【お世話係は今日からいらない】


「え?」


 陽太と冬真は同時に同じ声を出した。

 そして当然の事ながら困惑した。


「えーと、それってどういう・・・・・・」


 陽太はその言葉の先を言う事は出来なかった。

 ホームルームが始まるチャイムと共に担任が教室に入ってきたからだった。


「よーし、全員席に着けー」


「月島さん・・・・・・」


「ほら、そこ早く席に着いた着いた」


 担任は陽太と冬真がまだ席に着いていないのを見て指をさして言った。


「はい・・・・・・」


 冬真は溜息をつきながら大人しく自分の席へと戻っていき、陽太も食い下がりたそうにしていたがすごすごと席に着いた。

 そして、ほのかは続きをスケッチブックに書く時間が無く、またも気持ちを伝える事が出来なかった。

 ほのかは改めて自分の書いたスケッチブックを見た。

 二人の困惑した様な、傷ついた様な顔を見て心臓がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなった。

 もっと、他の書き方をすれば良かったと、ほのかは後悔した。




 授業の間、陽太はどうしてほのかがあんな事を書いたのか気になって仕方がなかった。

 じっとほのかの事を横目で見るも、特に変わった事は無さそうだった。

 授業が進むにつれ、陽太はすっかり習慣化したページを捲るのを教えるメモを渡した。


【次のページだって】


 だが、ほのかから返ってきたのはいつもの【ありがとう】ではなかった。


【そういうのはもうしなくて大丈夫】


「えっ・・・・・・」


 思わぬ言葉に陽太は寂しげな表情を浮かべた。

 それでも納得が出来ず更に陽太はメモを手に取った。


【何かあったの?】


【何もないよ】


 じゃあ何故? そんな疑問が浮かびながらも陽太はメモを握りしめ、俯きながら最後に【分かった】とだけ書いてほのかに渡した。




 それから、陽太が授業中にほのかにメモを渡す事はなかった。

 ほのかは陽太の方を見るとほのかとは反対の方を向き、机に突っ伏す様にして寝てしまっていた。

 もしかして、怒ってしまったのだろうかと不安になった。

 いつもなら、メモ帳を利用して授業中にたわいのない雑談もしていたが、今日はそれすらない。

 ほのかは自分の書いたメモを思い起こした。

 ほのかがああ書いたのは、友達になって欲しいのにお世話をしてもらうなんて、利用するみたいな事はさせられないと思ったからだった。

 口に出して言えない分、文字だけでは伝えられない感情をほのかはもどかしく思い、酷く痛感した。




 そのままほのかと陽太達は会話をする事なくお昼休憩の時間になり、陽太は冬真に声を掛けた。


「昼、行くぞ」


 その声はいつもより低く、元気がない様に冬真は感じた。

 冬真はほのかの方を見やった。


「月島さんはいいのか?」


「ああ、ちょっとお前と話したい事もあって」


 暫くするとほのかは席を立ち教室を出ていった。

 その際、ほのかが制服のポケットから紙切れを落としていったのを冬真は目撃し、密かにそれを拾い上げ、中を軽く読むと自分の制服のポケットにしまった。


「じゃあ昼、行こうか」




 冬真は陽太と二人で校舎裏のベンチで昼ご飯を食べていた。

 校舎裏という事もあり、日陰で涼しく、人も殆ど通らなかった。

 購買で買ったパンやおにぎりを平らげると陽太は溜め息をついた。


「俺、月島さんにどう接すればいいのか分からなくなったんだ。逃げだって分かってるんだけど、いきなり、いらないなんて言われて・・・・・・、俺達、月島さんに嫌われるような事しちゃったのかな・・・・・・。気が付かないうちに傷つけたり、嫌な思いさせてたのかな・・・・・・。なあ! どう思う?」


 陽太は辛そうな顔で、寂しげにそう言うと意見を求めるべく冬真に向き直った。

 冬真は陽太がすがる様な目をしようと、表情一つ変える事なく、至って冷静に言った。


「さあね、月島さんがどう思ってるか、直接聞いてみたらいいんじゃないか? これがヒントになるかは分からないが、さっきこんな物を拾った」


 冬真はポケットから拾った紙を陽太に手渡した。


「これって・・・・・・」


 そこに書かれた文字も見て、陽太は表情を変えた。

 それは明らかにほのかの文字だと分かった。


「俺、月島さんと話さなきゃ!」


 陽太はまっすぐに走り出したが、少しして後ろを振り返った。


「おい、冬真! お前も早く来いよ!」


「ああ」


 確信は無い。

 だけれど、今すぐに会って話したい、確かめたい、陽太はそう急く気持ちに比例して走る速度を上げた。

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