After rain
「それで、今日もこっちに来たと・・・・・・」
昼休みの屋上で、夏輝は昼食後にほのかの話を聞いていた。
ほのかは涙目になりながらも首を縦に振った。
ほのかがお手洗いから教室に戻ると二人の姿は既になく、話すタイミングをまたも失い、愛想さえつかされてしまったのではないかと不安になった。
そして、焦燥感から行き着いたのは昨日と同じ屋上だった。
「はあ、お前もなかなか不器用な奴だな。仕方ねぇ、可愛い後輩の為だ。いっちょ一肌脱いでやるよ」
夏輝はほのかの頭を撫でてそう言った。
【セクシー過ぎるので脱がれると目のやり場に困る】
ほのかは夏休みで見た夏輝の水着姿を思い出した。
良く締まった体、こんがりと焼けた肌を思い起こし、赤面しながらそうスケッチブックを見せた。
「いや、脱ぐってそう意味じゃねぇから! ったく、あくまで俺は後押ししてやるだけだからな。今度こそ自分で伝えろよ?」
【先輩、ありがとうございます】
夏輝の頼もしさに感動しているのも束の間、ほのかは気が付くと夏輝に軽々と荷物でも運ぶかの様に小脇に抱えられていた。
そしてそのまま夏輝は物凄いスピードで走り出した。
【!!!】
夏輝は話した事はなかったが、三寒四温の二人と言えば入学当初からかなり目立っていた為、夏輝でも二人の顔は知っていた。
階段を駆け降り、廊下からほのか達の教室を覗いたが二人は居なかった。
「ああん? 居ねぇな・・・・・・」
夏輝とほのかは周りから注目されながらも他の場所を駆け回ると部室や化学室等が多く集まった第二校舎の廊下で全速力で走っていた陽太と出くわした。
陽太と夏輝の足が速すぎて、お互いに数メートル程すれ違い、急ブレーキをかけすぐに振り向いた。
「つ、月島さん?!」
陽太はほのかがいかにもガラの悪そうな生徒に抱えられている事に驚いた。
「はあ、はぁっ、はあ・・・・・・陽太、お前足速すぎ・・・・・・」
少しして、必死に後ろを追い掛けたと思われる冬真が息を切らし、汗だくで現れた。
「おう、お前らがお世話係の三寒四温・・・・・・だったか?」
夏輝はほのかをゆっくりと床に下ろした。
「元・・・・・・ですけどね。それより、月島さんをどうするつもりですか?」
キッと睨む様に陽太は夏輝を警戒してそう言った。
カツアゲか、恐喝か、それともイジメか・・・・・・何があってもほのかを守らねばと陽太は意気込んだ。
「どうって・・・・・・」
どうと聞かれて夏輝は口篭った。
陽太達を探す事しか考えておらず、その先はノープランだった。
「・・・・・・人質?」
夏輝は小首を傾げながらほのかを後ろから腕を回して抱きついた。
「お、おい、 冬真! どうする? 警察を呼ぶべき?」
青い顔をして陽太はスマホを取り出した。
「落ち着けって、先生が先だろう」
「いや、だって! 番長みたいな人が月島さんを!」
「おいおい、ただの冗談だろ、真に受けんなって! っていうか、お前らも今時番長とか言うのかよ。せめてヤンキーとか言えないのかよ」
陽太は夏輝の格好を上から下まで良く見た。
「・・・・・・ヤンキーみたいな人が月島さんを!」
「言い直さなくていいから! そんでもって自分で言っておいてなんだがヤンキーでもねぇから! 別にこいつに危害を加えようなんて微塵も考えてねぇから安心しろよ」
「だったら・・・・・・」
陽太は夏輝がほのかをずっと抱き締めているのをチラと見た。
その様子に陽太は苛立ちを感じた。
「あんまり月島さんにベタベタしないでもらえますか?」
「ふーん・・・・・・」
一丁前に男の顔をして言う陽太を更に挑発するかのように夏輝はほのかの目を手で覆って問いかけた。
ほのかは視界が閉ざされた事にビクリと体を震わせた。
これでは陽太達が何を言っているかが全く分からない。
「お前ら、こいつの事どう思ってるんだ?」
「どうって・・・・・・、大切な友達だって思ってます。まだ出会ってからそんなに日は経ってないけど、一緒に居て楽しいって思うし、守ってあげたいとも思ってます。冬真もそうだろ?」
「ああ」
「そっか」
夏輝はニヤリと口角を上げた。
「ならそれ、ちゃんとこいつに言ってやってくれ」
陽太達の答えに夏輝は満足し、ほのかを放した。
「じゃーな、一年坊主」
夏輝は後ろを振り返る事なく手をヒラヒラと振り去っていった。
「月島さん大丈夫!? 何もされてない?」
心配そうな顔で陽太はほのかに近付いた。
【大丈夫。少しでいいから話を聞いて下さい】
ほのかは今度こそ、ずっと言おうと思っていた事を伝えなければと思った。
何度も夏輝に背中を押してもらった。
この胸に溢れる気持ちを文字に込め、ほのかは持ち合わせる最大の勇気を出してスケッチブックを二人に見せた。
【いらないなんて言ってごめんなさい。お世話係じゃなくて、私と友達になって下さい】
ほのかは目をギュッとつむり、震える手でスケッチブックを持っていた。
もし、拒否されたらどうしようと、今になって怖くなった。
だが、その震える手に温かい手が添えられ、ほのかは恐る恐る目を開いた。
すると、目の前には優しい表情をした陽太が立っていた。
「ごめんね、月島さん。月島さんの気持ちに気付いてあげられなくて。俺達、先生からお世話係に任命された時から身の回りを手伝うだけじゃなくて、友達にもなれって事だと勝手に思ってたんだ」
陽太はほのかから手を放すとズボンのポケットからメモを取り出した。
「でも、友達って人に命令されてなるもんじゃないよな。これを見て、やっとそれが分かったんだ」
ほのかはその陽太の持っているメモを見た。
そこには【友達になりたい】と書かれていた。
それは確かにほのかが書いた物だった。
「これを見た時、俺達にかどうかも分からないし、
そう言って陽太は握手を求めるかの様にほのかに手を差し出して笑った。
ほのかは目尻に涙を浮かべながら大きく頷き、陽太の手を取った。
「月島さん、俺も友達として宜しく」
ずっと静かに少し後ろで見守っていた冬真もほのかに手を差し出した。
ほのかは頷きもう片方の手で握手した。
「あ、あと、お世話係は辞めるつもりないからね? でも、それは先生の言いつけだからじゃなくって、友達として自分の意思で月島さんを助けたいからだから。だから、これからはもっとご奉仕しちゃうから、覚悟しててよね?」
そう言って陽太はほのかに目配せしてみせた。
ほのかはそのイタズラっぽい笑みと魅惑的な瞳にドキリとしながらもスケッチブックに【ありがとう】と書いた。
ほのかと陽太が先に教室に向かうのを見て、冬真は後ろを振り向き、廊下の曲がり角に潜む影に向かって言った。
「聞いていたんだろ? 思惑が外れて残念だったな」
「えー、思惑? 何の事ー?」
曲がり角から姿を現したのは愛華だった。
「言い逃れなら無駄だよ。月島さんに色々吹き込んだの、どうせあんたでしょ? 昨日の昼、月島さんが教室で他の人と食べているとあんたから聞かされていたのに、廊下で月島さんとすれ違った時にお弁当の袋を持っていておかしいと思ったんだ」
それはほのかが教室ではないどこかで昼食をとった事を示していた。
「ふふふ、流石は学年一位の冬真君だね! なーんだ、もうバレちゃったか」
愛華は悪びれる様子もなく楽しそうに笑って言った。
「俺達に近付くのが目的なんだろうけど、それで月島さんを利用するのはやめろ」
冬真は氷柱の様に鋭く突き刺すような目で愛華を睨んだ。
「さあ・・・・・・、それは三寒四温の二人次第だと思うなぁー」
その冷たい瞳に愛華は怯む事なく、冬真の肩に手を置き、妖艶な唇で冬真の耳元にそう囁いた。
その頃、夏輝は自分の教室に戻ると真っ先に翠の席に向かった。
「おい、聞いてくれ! スケブ女の名前が分かったんだ! 月島っていうらしい」
夏輝は嬉しそうにそう言った。
「ふぅん? 名字だけしか分からなかったんですか?」
「・・・・・・・・・・・・あ」
翠は間の抜けた夏輝の顔を見て、これは下の名前を知るのもまだまだ先になりそうだと思った。
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