涙の理由

 ほのかは夏輝の姿を一目見るとすぐにあの夏に出会った人だと分かった。

 そして考え事をするかの様に、しばしの沈黙の後ほのかはスケッチブックを取りマジックで文字を書き出した。

 夏輝はその様子を少し緊張しながら見ていた。

 あんな別れ方をした後で、なんと言われるのかが気になっていた。

 しかし、そんな緊張はスケッチブックの字を見てすぐに吹っ飛んでしまった。


【番長!】


「って番長かよ!」


 ほのかは夏輝の名前を知らず、初めて見る夏輝の制服姿を見て思わずそう書いてしまった。


「くはははっ、番長とか今時古いだろ」


 そう言って夏輝は腹を抱えしきりに笑った。

 ほのかも緊張していたが夏輝の夏の太陽の様な明るい笑顔を久し振りに見て心が安らいだ。


「ん? おい、お前泣いてんのか? どうした! まさか誰かにいじめられてるんじゃねえだろうな?」


 夏輝はほのかの目尻に浮かぶ涙に気が付きほのかに近づいた。


「誰にやられた?! 俺が全員ぶっ飛ばす!」


 今にもドラマに出てくる番長の様に不良に喧嘩を売りに行きそうな勢いで夏輝は言った。

 ほのかはその夏輝の鋭い目とシャドーボクシングの様に宙を殴るモーションに圧倒され青い顔で首を横に高速で振った。


「何かあったんなら何でも言ってくれ、お前には・・・・・・ずっと笑っていてほしい」


 夏輝はほのかの涙を指ですくい、伏し目がちに顔を赤くさせてそう言った。

 ほのかはほんの少し触れられた頬にドキドキしながらも、心配してくれている夏輝の言葉に嬉しくなり、また涙が溢れそうになった。


「で!? 何があった?」


 一瞬優しそうな顔を見せたかと思うと、すぐに鬼の様な顔になった夏輝にほのかは気圧けおされ、説明しなければ解放してもらえそうにないと観念した。





「なるほどな・・・・・・友達か」


 ほのかは夏輝に今の状況や悩んでいることを打ち明けた。

 夏輝から自分が友達になると言うのは簡単な事だった。

 だが、それはどこか心にしっくりとこなかった。

 夏輝はほのかの正面に腰掛けカフェ・オ・レを飲みながら言った。


「そうだな・・・・・・そう難しく考えることないんじゃないか? 固いっていうか」


 夏輝はカフェ・オ・レを地面に置くと立ち上がった。


「こう、サーフィンしてる時って波に逆らって真っ直ぐにボードに立ってても上手くいかねぇ」


 そこにサーフボードでもあるかの様に夏輝はサーフィンの姿勢をしてみせた。


「波と一緒になるみたいに流れに身を任せると・・・・・・って例えが分かりにくかったよな」


 夏輝は姿勢を戻すと頭の後ろをかき、ほのかは横に首を振った。


「とにかくだな、俺が言いたいのはそんなに気を張らなくてもお前は十分面白いんだから友達なんていくらでもできる。それに、そのお世話係の奴らのこと、気になってるんだろ? お前の思いを直接ぶつけてみろよ」


 話を聞く限り、そのお世話係の二人ならほのかの気持ちを受け止める筈だと夏輝は思った。


「それでも寂しかったらいつでも俺の所に来い! 好きなだけ構ってやる」


 そう言うと夏輝はほのかの頭を思いきり撫でた。

 ほのかは屈託なく真夏の太陽のように笑う夏輝を眩しく思い、目を細めた。

 夏輝の手は大きくて温かくて、とても心地よく感じた。


「あと、一つ聞かせてほしいんだが・・・・・・、言いたくなければ言わなくてもいい。夏休み最後の日どうして泣いてたんだ?」


 夏輝の中ではあの日の涙のことがずっと気がかりだった。

 何かしてしまったのだろうかと考え続けていた。

 ほのかはスケッチブックにじっくりと文字を書いた。


【また会えるかどうか聞かれて、おばあちゃんが家を引越すから、もうここには来れないかもと思ったらさびしくなって】


 その書かれた理由を見て夏輝は深い安堵の息を漏らした。


「はあぁぁ・・・・・・なんだ、嫌われたんじゃなかった」


【また会えてうれしい】


「お、おう・・・・・・俺も嬉しい」


 スケッチブックを見せ笑いかけるほのかの笑顔に、夏輝は心臓が跳ね上がり、瞳を逸らしながらそう言った。


「つーか同じ学校なんてすげえ偶然、いや奇跡だな! と、そろそろ時間だな。ほら、昼休みが終わる前にあいつらのとこに行ってこいよ!」


 夏輝は背中を押すようにほのかの背中を勢いよく叩いた。

 背中に痕が出来そうなくらい痛かったが、ほのかは気合いを入れてもらった気がして夏輝の方を振り向くと、力強く頷いた。





 夏輝が教室に戻ると真っ先に向かったのは翠の所だった。


「おいっ、聞いてくれ!」


 夏輝は翠の両肩を強く掴んだ。

 教室ではその様子が、翠が夏輝に脅迫されている様に見え、クラスの人から心配や不安といった視線が集まっていた。


「あの幻影は幻影じゃなかったんだ! 本物のスケブ女だったんだ!」


 夏輝は暑苦しく言ったが翠は涼し気な顔でさらりと言った。


「ああ、やっと気が付きましたか」


「お前、あいつの事知ってたのか?」


「ええ、あなたが話をした時から気付いてましたよ」


「なんで教えてくれなかったんだよ!」


 少し考えるように間を置くと翠はにこりと笑って言った。


「んー、だって、その方が再会した時、感動もひとしおかなと思って」


「そりゃそうだろうけどよ・・・・・・」


「じゃあ、今度こそ名前聞けたんですね」


 そう翠が言うと夏輝は数秒間、時が止まったかのように固まった。


「あああああ! 忘れてた! おい、名前知ってるんだろ? 教えろよっ」


「ふふっ、嫌ですよ」


 翠はニヤニヤと楽しそうに笑いながら夏輝がしつこく質問するとそれをバッサリと断るという応酬を続けた。

 翠はまだまだこのネタで楽しめそうだと思った。

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