第5話 天使と悪魔
《ヴィオラ視点》
『ヴィオラ』
グレアがつけてくれた名前だ。
すごく、すごく、わたしは好きだ。
だけど、なんだかこの名前に寂しさや懐かしさを覚えた。
それと、身震いするような恐怖。
わたしに記憶はないと思っていたけど、心よりもっと深いところで覚えていたのかな。
……考えても仕方ないか!
わたしは頬をぱんぱんと掌でたたく。
「ヴィオラ?どうしたの?」
グレアが膝にちょこんとあごをのせて、わたしの顔を横から覗きこんできた。かわいい。
「……記憶が戻りそうで戻らない、そんな感じ」
「……記憶喪失?って大変なんだね」
そう言ってグレアは苦笑いし、猫のような黒い目を細めた。
◇◇◇
グレア。『ヴィオラ』という名前をくれた女の子。
燃えるような真紅の髪を肩まで伸ばしている。
目は、猫みたいに大きくて丸く、全てを跳ね返すような黒。
まつ毛が長くて、すこし目尻がつりあがっている。
背はわたしよりほんの少し高い。
だけどご飯をあまり食べることができなかったせいか、すごく痩せてしまっている。
会ってからそこまで時間が経ったわけではないけど、わたしはグレアがすごく好きだ。
さっきまで自分のことで手一杯だったのに、今はずっと気遣うような視線をわたしに向けている。
グレアは、そういう性格なんだろう。
それと、わたしの異能。
この異能はたぶん、『心』を感知しているんだと思う。
グレアの心はすごく不安定だ。
気遣うような視線を投げかけてるときは、光の塊の境界がゆらゆらとしている。
でも、笑っているときはすごく暖かくて、まるで背中から包み込まれるような、夕日のような光だ。
そこまで分かるのは、きっとグレアがわたしに心を開いてくれているからかな。
グレアともっと仲良くなりたい。
もっとグレアのことが知りたい。
そのためにも、まずはここから脱出する方法を探さないとね!
◆◆◆
「グレアの未来視と思考を読む異能、それとわたしの広範囲の気配がわかる異能を使えば、捕まっているみんなを誘導しながら脱出できるんじゃない?」
グレアはたいした異能じゃないって言うけど、使い方を考えれば物凄く便利な異能なんじゃないかな。
「……たしかに、ヴィオラの異能の助けがあるなら、できないことはない、かな。でも、みんなと一緒にってなると危険だと思う」
「んー、そっかー」
二人だけなら脱出はできると思う。
でも、みんなを見過ごすことは許せない。
「ヴィオラ。ぼくの考えなんだけど……
二人で脱出した後、王都の銀翼の騎士団詰所に行って、助けてもらうのどう?」
王都?銀翼の騎士団??
「グレア、王都と、銀翼の騎士団ってなに?」
「あっ、ごめん!わからないよね。王都と銀翼の騎士団っていうのはね……」
アーレンバレス王国。
世界でも有数の大都市国家らしい。グレアは商業地区に住んでいて、五日ほど前に奴隷として売られたらしい。
アーレンバレス王国を世界でも有数の国家たらしめているのは、『軍事力』と『生産性』が群を抜いているからだそうだ。
そして『銀翼の騎士団』。
王都に存在している騎士団の中でも、特に優秀で人気がすごい騎士団だそうだ。
「すごかったんだよ。毎年冬になるとでっかいバケモノが国を襲ってくるんだけどね、銀翼の騎士団が毎年倒してお祭りになるんだよ!」
グレアは目をキラキラさせて銀翼の騎士団を褒め称える。すごく前のめりだ。
「銀翼の騎士団なら、ぼくたちがこの洞窟を教えれば、すぐにみんなを助けてくれるよ!」
「ふふ、グレア、銀翼の騎士団が好きなんだね」
わたしがそう言うと、グレアは我にかえったように膝に顔を埋めた。
「……そうだよ、好きだよ。いつか騎士団にぼくも…なんて思ったりしたよ」
モゴモゴと喋っている。本当に大好きみたいだ。
「それと、グレア。どうしてここの洞窟が王都に近いって思うの?」
「それは、あいつらが供物だって言ってる子供たちはみんな王都の子供たちだし、あの仮面のやつらの喋り方も、アーレンバレス特有の方言なはずだから」
なるほど。ちゃんとした理由があったのか。
「それじゃグレアの案で行ってみよう!」
「ハァ、そんな簡単に……。まあ、それしか方法も無さそうだしね」
深々とため息をつかれた。グレアもそう思うんでしょ!だったらいいんじゃん!
「がんばろうね、グレア」
「うん、よろしく、ヴィオラ」
わたしが立ち上がり、グレアに右手を出す。
グレアは苦笑しながらも、わたしの手をとってくれた。
みんなを助けることができたらいいな。
わたしとグレアは岩穴から外に出た。
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