第4話 剣の末裔、輪を与える
《グレア視点》
「……天使様?」
思わず、ぼくの口からそんな言葉が出た。
涙を拭うことも忘れて、ぼくは目の前の少女を見た。
白く透き通るような肌。
光に照らせば輝くであろう、腰まで伸びた白金色の髪。
優しい性根を思わせる、それでいてまっすぐな何かを持った、早朝の空のような淡い青の瞳。
所々がほつれている奴隷の服を着ており、少し砂埃で薄汚れてはいるが、そんなことが気にならないくらいには。
彼女は、この世のものとは思えないくらいの美貌を誇っていた。
それに、彼女によく似た人を、昔どこかで見た気がする。
ぼくは思わず、その可憐な少女に縋り付いた。
「まだ死にたくない、よ……」
ぼくはまだ何もしていない。
お母さんみたいに優しい母になりたかった。
お母さんみたいに綺麗な女性になりたかった。
お母さんみたいな、姉や友だちが欲しかった。
「ぼく、死んじゃうの……?」
かすれるような声で、ぼくは彼女に聞いた。
「うーん。どうなんだろうね」
ぼくはどんな言葉が欲しかったんだろうか。
少なくとも、彼女が言った言葉ではない。
「じゃあぼく、これからどうなるの!」
彼女に言っても仕方ないことはわかってる。でも、ぼくは答えを知りたい。
「それも知らないよ。だから、みんなを助ける方法、わたしと一緒に考えてほしいの」
◇◇◇
彼女はどうやら、かなり広い範囲の気配を読むことができるらしい。
それも、
その能力のおかげで、ぼくたちは今、誰にも見つからずに広場の隅の体が小さくないと入れないような横穴を見つけ、そこで身を潜めることができた。
結果から言うと彼女は人間だ。たぶん。
「ぼく、グレア・アストライア。たぶん、今年で10歳。きみは?」
「……それが、ここに来るまでの記憶がなくて。名前とかぜんぶ忘れちゃった」
「………それでよく、ぼくのこと探し出せたね」
「えへ」
彼女はぼくよりもほんの少し小さい。
同い年か、一つ下くらいだろうか。
それにしても。
記憶がないからなのか、彼女の元々の性格なのか。
彼女はよく言えば素直で明るい、悪く言えば能天気で考えなしだった。
「……ふふ、ふふふ」
「え?」
「ぐふふふっ」
「ちょ、ちょっと、おかしいこと言った?」
まずい。今大きい声を出すと厄介だ。
なのにこの子はぼくを笑い殺す気だ。
「いや、なにも」
お母さんが死んでから、三年。
あの時から今まで、心の底から笑った記憶がない気がする。
不思議な子だな。
それが初めてあった時の彼女の印象だった。
◆◆◆
「それで、これからどうするの?」
「んーと、わたしの異能は人の場所を知ることができる、でしょ?」
「うん」
「グレアの異能は?
わたしの能力で視るとグレアの異能って、他の人と比べてもすごく強いと思うんだけど」
そこがよくわからない。
「ぼくの異能は気配を察知したり、人の思考が少し読めたり、ほんの少し未来を視ることができるくらいだと思う」
「未来が視えるの!?すごいじゃない!」
「ほんの少し、ね。使ったこともほとんどないし、使い道もわからないんだ」
この子と比べても、気配を察知するくらいじゃ敵わない。
「そういえば、きみはぼくの異能ってどんなふうに見えているの?」
「んー。集中すると、ここ、胸の真ん中あたりに光の塊が見えるの」
彼女はぼくの胸の中央を指差す。
「その光が、グレアは他の人よりも強くて優しくて、あと、綺麗な赤色に見える」
「赤色…」
「それで、理由は特にないんだけど、強い異能を持ってるってなんとなくわかるんだ」
「ふーん……」
感覚ってことかな?
なんとなく、この子感覚で生きてそうだし。
ていうか、名前がないって不便だな。
「……あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なに、グレア」
「名前考えないの?きみの」
「うーん。考えてもみなかった。……………そうだ!グレアに名前考えてもらうのはどう!名案じゃない?」
「えええ!?ぼく!?」
ぼくがこの子に名前をつける、か。
ぼくとしてはそう言ってもらえるのはすごく嬉しい。嬉しいけど……
「ぼくが何かを決める権利なんてないよ……」
「わたしは、グレアだから名前を考えて欲しいの。あなたみたいに優しくて、綺麗で、魂の底から人を愛することを知っている人に。私はグレアのこと、好きよ」
一瞬、彼女が大人びて見えた。ただの錯覚だったのかもしれないが。
でも、そうだな。これだけ言われちゃ、ぼくも名前を考えてあげたい。
そういえば、お母さんが読み聞かせてくれた絵本に「炎の剣聖、黒の女神」というものがあった。
その絵本に出てきた黒の女神に彼女は似ていた。
「……ヴィオラ、なんてどうかな」
「…っ!」
「ヴィオラ。うん、きみにぴったりだ」
「……ありがとう、一生大事にする」
良かった。気に入ってもらえたみたいだ。だけど、ほんの少し彼女の表情に陰がさしたように思えた。
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