第3話 剣の末裔、翼を拾う

《グレア視点》


「はぁ、そろそろ限界、かも」


 ぼくは岩肌を背にもたれかかった。ここまで気を張って疲れたみたいだ。

 

 通路を出たところまでは良かったが、広場に複数の気配を感じ、追いかけられてここまで来てしまった。

 

「……先なんてないよな」


 ついに行き止まり、か。こんなことなら逃げなきゃ良かった。


 あのクソみたいな親父に奴隷として売られて、ここの奴らに買われたわけだが。


 「ぼくなんか買ってどうするんだ。こんなもやしみたいな痩せっぽちなのに」

 

 ぼくなんて、なんの価値もない。


 ぼくは、売春婦のお母さんと貴族だった親父の間に生まれた。

 貴族だった親父は、売春婦だったお母さんと関係を持ち、僕を産んだことで家を追い出された。

 お母さんはぼくを産んだことで病弱になり、よくベッドで寝ていたことを覚えている。

 親父はそんなお母さんを放って、夜ごとどこかに飲み歩いていた。そんなお金ないのに。

 お母さんの死に目に会えたからマシだと思う。お母さんは最後に、


「どうかあの人のことは嫌いにならないで」


 と言っていた。最後まで親父のことを愛していたんだ。

 お母さんが死んじゃっても、親父の酒癖は治らなかった。むしろひどくなったように思える。

 ひどい時はぼくをお母さんと見間違ったのか、襲われることもあった。その時の親父は、ひどく哀しげな表情をしていたように思う。

 結果、酒代を払う借金を返すためにぼくを売ったわけだ。

 親父が憎かった。何よりお母さんを死なせたことが一番許せなかった。


 その頃から、ぼくは不思議な力を使えていたように思う。

 扉の向こう側の気配や、ほんの少し未来のできごと。人の思考もほんの少しだけ読めるようになった。 


 この力は、異能と呼ばれるものらしい。


 でも、こんな力、ありふれている。

 他にもぼくより思考を読める人だっているし、気配を読むことだって修練すれば誰でもできる。

 

「異能をもらうなら、もっと強い力がよかったな」


 どうすることもできない現状で独り言ちる。


「最後にお母さんの歌を聞きたかった」


 あれは五歳のころだったか。ぼくがお母さんの枕元でうとうとしてた時、お母さんが子守唄を歌ってくれた。ぼくのことを愛おしく思っていたことが、今なら痛いほどわかる。


「……お母さんに会いたいよぉ」


 ぼくの心はぐしゃぐしゃだ。

 

 神様。もしいるなら、ぼくを幸せにしてよ。

 

 ぼく、ひどいことなんてしてないよ。

 

「ぼくを愛してよぉ……」





 ぼくは、


 ひとりぼっちだ。









 

 「 大 丈 夫 ? 」




 声が聞こえた。

 鈴がなるような、鳥がさえずるような声だった。


 顔を上げ、広場に通じる通路をみた。


 そこには、天使がいた。

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