第2話 黒服たるもの、お客様と女の子いずれも紳士にエスコートせよ
「スーツに着られてやがるなぁ、なあ令作?」
「は、はぁ……」
悪夢の面接を終え、そのまま出勤1日目へと突入した。
ああ、俺本当にここで黒服として働くんだ。本当にこの業界のことは何も知らない。
「…………」
ホールを見渡す。
オープンスペースの卓では既に客とキャストが酒を酌み交わし談笑をしていた。奥の方にはVIPルームと書かれた個室が見える。
「お願いしまーす!」
お願いします?
卓に付いていた女の子の声が響いた。
「おら、新人。女の子のとこ行けや」
「え、あ、はい」
コワモテの顔がグッと俺に近寄る。
父さん母さん、俺はもう青森には顔を出せないかもしれません。
声を発した女の子の元へ小走りで行き、目の前で膝を付く。
「18年」
「じゅうはち……なんですか?」
「山崎18年だってば!」
「か、かしこまりました……!」
「あら、見ない顔ね」
「今日から入りました……」
よくわからない注文を受け、店長――
「なんて?」
「山崎……18年って……」
「ああ、ボトルやドリンクの注文はインカムに入れぇや。そしたらキッチンの奴が出してくれるんや」
「わ、わかりました」
そういえばインカムを付けているんだった。
店内では大きめのBGMが鳴る中、イヤホンを差した右耳からは引っ切り無しに声が響いていた。
「店内! 今ビジター2名行けますか?」
「行けるで、店に上げろ。こっちでご案内するわ」
「5卓シオンさん場内。5卓シオンさん場内」
「了解」
待ってくれ。
何を言ってるのか本当に分からない。右耳から展開される会話が何一つ理解できない。
「で、令作。ボトル入ったならインカム早く入れろ」
「は、はい……えー、山崎18年注文入りました」
「あと、ボトル入ったら元気よくお客様に礼を言え。金使ってくれてるんやで」
「はい……!」
刹那、梁井さんのポケットが振動する。
「お、電話か……もしもし、今から面接? ランクは? おお、じゃあすぐ準備するわ」
「令作、俺はちょっと面接が入ったから教育係は峰ってやつにお願いしろ」
「面接……?」
「せや。スカウトが女の子を直接店に連れてくるから、時給や条件を話し合って入店に漕ぎつけるってわけやで」
「なるほど……」
「そんじゃな。あとは
「
梁井さんは慌ただしくスーツを直して店を出て行ってしまった。
ホールに取り残される俺。店内では、俺の他に4人ほどの黒服が機敏に動いていた。
「んー、きみ誰?」
「…………ッ!?」
後ろから女性の高い声が聞こえた。
咄嗟に振り返ると、大きくて丸い目の、金髪をハーフアップのポニーテールにした女の子が立っていた。
年も、同じくらいっぽいな。
背はあまり高くないが、ドレスの胸元からは大きめの胸が谷間をチラつかせていた。
「あ……今日から働くことになりました、黒川令作といいます……」
「レーサクくんね! よろ~」
「よ、よろ~?」
「ちょっと~シケた顔しないでよ~、元気だしてこーね」
「え、ああ、ありがとうございます……」
何ともゆるい雰囲気のその女は、ピースサインを作りながらウインクを決めた。
なんというひょうきんな人種なんだろう、俺耐性ないよ。
「レーサクくんいくつ? あ、ウチはレイっていうからよろしくね」
「よろしくお願いいたします……今21です」
「わお! タメじゃん! 早く仕事覚えてみんなに可愛がられるといいね~」
「は、はあ」
この人たちに可愛がられる大学生活。もうそれはドロップアウトだ。
でも、この人可愛いな……ギャルっぽいし耐性はないけどそんな優しく話しかけられたら……。
「あ、今ウチのおっぱい見たでしょ~」
「み、みてないです!」
「可愛い顔してオトコだな~まったく――」
「――こら、レイ。うろちょろすんな」
「ひゃっ!?」
レイさんの後ろには、気付くと上背のある細身で黒髪の男が立っていた。
色白で、目が細くて、イカついというよりはまるでホストのような……。
「席に付かないなら待機に戻れ」
「
男が、レイさんの腕を引っ張ろうとする。
ん?
「レイ、ちょっと疲れてるか?」
「え、なんで?」
「少し顔色が悪い気がする。目のクマも。昼職が忙しいのか?」
「やー、まあ最近はちょっとね」
「そうか……最近疲れてそうだから栄養ドリンクは揃えておいた。キッチンにあるから好きなだけ持っていけ」
「え~、なにそれありがとう~」
上機嫌でレイさんはスキップをしながらキッチンへと吸い込まれていく。
「あ、あの……」
「……誰だ?」
「今日から入りました黒川令作です。峰さんでしょうか?」
「ああ、僕が峰だ」
細長い体で俺を見下ろす。
なんというか、目に光がなくて闇を感じる。
「店長から、峰さんに教わるように言われまして……」
「ああ、またあの人僕に押し付けるのか。わかった、今日は僕が教えよう」
「ありがとうございます……」
峰さんが、細長い指で自分の顎を触る。
俺を一瞥すると、無表情のまま口を開いた。
「まず、黒服にとっての客って誰だと思う?」
「え、客は客じゃあ……」
「いわゆる店に来るお客様のお客様だ。それはどの接客業でも当てはまる」
「そ、そうですね……」
「ただ、黒服にとってのお客様はもう1人いる。それは一緒に働く女の子だ」
「は、はい」
「実際にお客様に接客するのは女の子だ。お客様も僕らではなく女の子を楽しみに店に来る。じゃあ僕たちは何者なのかというと、その疑似恋愛をエスコートする管理者だ」
釈然としない俺を見て、初めて口角が上がる。
とはいえ、無表情に毛が生えたような笑顔だが。
「人と話すのは疲れる。だから、僕たちは女の子の気分を上げるためにもいるし、もちろんお客様の満足度を上げるためにもいる」
「黒服は、お客様と女の子いずれも紳士にエスコートしなければならない」
つまり、常に板挟みってわけか。
女の子のことに気を遣いつつ、お客様が楽しめるようにも努力する。おもてなしをする相手が2方向にいるんだ。
「接客をただしてればいいわけじゃない。女の子の表情や様子、細部まですべてに目を配り不安や不満がないか常に気を遣う。彼女たちはこの城ではお姫様だ。そして、お客様はお姫様を迎えに来た騎士だ。どちらも最高にもてなす必要がある」
「なるほどですね……」
「まあ、最初は自分が奴隷のように思えるが、慣れればなんてことないだろう」
「そ、そうですか……」
ヨゴレ役でもあるってことか。
とにかく紳士に、自分を犠牲にして女の子を輝かせお客様を楽しませる。
思ってた以上に、骨の折れそうな仕事だ。
「店長にはもうイビられたか?」
「こ、怖いです……」
「ふっ……まああの人も悪い人じゃない。暗い顔してないで、女の子やお客様に笑顔で接するんだ」
俺、そんなシケた顔してんのか。
「お願いしま~す!」
「ほら、呼ばれたぞ」
「は、はい!」
銀色のトレンチを抱えて、呼ばれた卓まで走る。
典型的セクシーお姉さんと小太りのサラリーマンが横並びで座っている。
「…………」
セクシーなお姉さんが初めて見る俺に一瞬たじろぐが、すぐに表情を切り替えて指でバツ印を作った。
ええと、これは。
「令作、チェックってことだ。キャッシャーにこの卓の会計額を確認して伝票を出すんだ」
「はい……!」
ちょうどいいタイミングで、峰さんからインカムが入る。
あの人、かっけぇ……。
「かしこまりました。少々お待ちください」
席を離れ、峰さんの元へ戻る。
「キャッシャーの方はどこに……」
「入口すぐのカウンターにいる」
「わかりました」
ホールを抜け出し、入口近くに移動する。
カウンター? どれのことだ?
キョロキョロしていると、突然壁際の小窓が勢いよく開いた。
「ありゃりゃ!? 初めて見る顔ですね!!」
「――ッ!?」
小窓から、小学生の女の子が顔を出した。
え、小学生!?
「え……?」
「6卓がチェックですよね? インカムで聞きまちた!」
「あの……ここに何故子供が……」
「失礼な! わたしこれでも三十路なんですけど!」
「なんという行き過ぎた合法ロリ」
「またもや失礼なッ!?」
オレンジ色ショートカットの、とても小さな女の子が飛び出してきたと思った。
三十路? え? なにこの驚天動地?
「伝票はこれです。支払額は98,000円ですよ~」
「わ、わかりました……」
「じゃあの!」
どう見ても小学生にしか見えない女の子(?)の甲高い声と共に、小窓が勢いよく閉まる。
この小窓の奥はどうなってやがるんだ。
「令作、あまり驚くな。あの人は開店当初からずっといるキャッシャーの方だ」
「さすがに驚く以外ないでしょ……」
突如現れた謎の合法ロリっ娘(
頭こんがらがってきたよ、もう。
「お支払額はこちらになります」
峰さんに教えてもらった通りに、膝を付くダウンサービスで伝票を差し出す。
小太りのサラリーマンが勢いよく札束をテーブルに叩き、手を上げた。
「きゃ~、ヒトシさん男前~」
「はっはっは、なんのその」
「こちらでお預かりいたします」
当たり前のように、始まってしまった。
俺のキャバクラ
入店初日。
峰さんのおかげで何とか働くことができたものの、女の子もレイさんしか知らないし他のボーイのことも何も知らない。
なんせ、この業界のことも何も知らない。
「…………」
店長にビビって、峰さんに救われて、レイさんにおちょくられて。
謎の合法ロリキャッシャーと出会って。
「令作、灰皿は1本でも吸い殻が入ったら変えるんだ」
「1本だけでもですか?」
「そうだ、常にホール内に目を配るんだ」
「わかりました……!」
「あ、レーサクくん! 頑張ってるね~、おっぱい見る?」
「えっ」
「こらレイ、またこっち来たのか。次戻らなかったら殴るぞ」
「ひぇっ、こういう冷血男がモテる世の中の不条理~」
「…………」
俺は、本当にやっていけるのだろうか。
というか、どうしてこうなった――。
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