六章 それぞれの結末 その8
それから、俺はまたあのカルロとゆかいな仲間達のショーを見させられるハメになった。さっきのは「午前の部」で、続いて「午後の部」というのがあったらしい。紅葉は相変わらずノリノリで歌って楽しんでいたが、俺は退屈でしょうがなかった。しかし、魂だけの状態の俺達は、他に時間をつぶす場所がなかった。遊園地の遊具には乗れないし。ふわふわしてるし。シートベルトつけられないし。係員にもスルーされるし。そういうわけで、カルロショーおかわりは実に必然の流れなのだった。
やがて午後の部のショーも終わり、そのへんをぶらぶらしているうちに、日も暮れてきた。空はやさしいオレンジ色でいっぱいだ。
「そろそろ二人の様子を見に行こうぜ」
俺達は再びアーサー達のところに向かった。
行ってみると、二人はちょうど観覧車に乗るところで、列に並んでいた。
「ねえ、もしかして、今から告白するんじゃないかしら?」
「おお」
そうか。黄昏の観覧車の中での愛の告白……。アーサーにしては憎い演出だな。これはぜひとも成り行きを見守らなくては。俺達は慎重に二人を監視し、観覧車に乗り込むのを確認すると、すぐに同じ観覧車に飛び付いた。そして、外から窓ごしに中の様子をこっそりうかがった。
二人は向かい合って座っていた。俺達がしがみついているのとは反対側の窓から夕日が差し込んで来ていて、二人の横顔を照らしていた。
二人はしばらく何もしゃべらなかった。ただ、妙に緊張しているような空気はあった。俺達もなんだかドキドキしてきた……。
やがて、テレーズが口を開いた。
「……綺麗な夕焼けですね」
彼女は向かいの窓の外、赤く焼けた空を見つめている。
「なんだか不思議なものですね。私達が生きていた時代から六百年以上も経って、人の世界は随分様変わりしたのに、夕焼けの美しさは昔と何も変わっていない……」
「そうでござろうか」
と、アーサーも口を開いた。
「確かに、目に見えている景色は今も昔も同じでござる。しかし、それがしは今日ほど美しい夕焼けを見たことはないでござる。いや、夕焼けだけではござらん。今日は一日ずっとテレーズ殿といられて、何もかもがとても素晴らしく感じられたでござる……」
アーサーもテレーズと同じように夕日を見つめ、少ししてテレーズのほうを見た。とてもやさしい声とまなざしだった。
「そうですわね。わたくしも、今日一日とても楽しかったですわ。まるで夢のような……」
テレーズもうっとりとアーサーを見つめる。
「昔はよく、アーサー様とこんなふうに過ごせたらと思い描いていました。それが現実のものになるなんて……」
「テレーズ殿……それがしも感無量でござる……」
二人はレストランの時のように、再び固く手を握り合い、熱く見つめあった。おお、いよいよか? 俺達にも緊張が走る。
「テ、テレーズ殿、それがしはずっと貴女に伝えたいことがあったでござる……」
「はい、なんでしょう」
「そ、それがしは、その……その……」
アーサーはさすがに顔が真っ赤だ。がんばれ、あともう一息だ。
「そっ、それがしは誰よりもテレーズ殿のことを愛してるでござ、るんるん!」
キター! ついに言っちゃった! 語尾がおかしいけど、大事なことはちゃんと言えてるぅ! 思わずガッツポーズしちゃう俺だった。紅葉もなにやら興奮しているようだった。
「い、いや、るんるんは忘れて……もう一度言い直すでござる!」
「いいえ、その必要はありませんわ」
見ると、テレーズは大粒の涙を目に浮かべている。
「アーサー様のお気持ち、確かに聞きました。ああ、わたくしはなんて幸せ者なんでしょう……。アーサー様、聞いてください。わたくしもずっと同じ気持ちでした。アーサー様のことを誰よりも愛していました……」
テレーズはそのままアーサーの胸に崩れ落ちた。
「テレーズ殿……」
アーサーはそのテレーズの体をしかと受け止め、強く抱きしめた……って、あれ? よく考えたら、あれって俺と紅葉の体だよな?
「おい、俺達抱き合ってるけどいいのか?」
「よ、よくないけど、今はしょうがないでしょ!」
「そうだな。これ以上何か変なことしなきゃ別に――あ」
見ると、二人は抱き合ったまま熱く見つめ合っている。この空気はもしや……。俺と紅葉は一斉に真っ青になった。この流れだと、やることはもう一つしかない。実際、二人はどんどんお互いの顔を近づけて行っている――。
「ま、待て!」
「それ以上はダメッー!」
俺達は同時に叫び、同時に観覧車の中に突撃した。
だが、次の瞬間、俺は観覧車に座っていた。紅葉を胸に抱きかかえた状態で。元の体に戻った状態で。
「あれ……?」
俺達はきょとんとして、顔を見合わせた。そして直後、お互いの距離があまりに近すぎることに気付き、あわてて離れた。何なんだよ、またいきなり。
「幸人殿、こちらでござる」
と、近くから声が聞こえた。はっとしてそちらに振り返ると、俺のすぐ隣にアーサーが座っていた。おそらく魂だけの状態なのだろう、その体は半透明で、うっすら光っており、さらに立派な鎧をまとっていた。
そして、アーサーの向かい、すなわち紅葉のすぐ隣にはテレーズが座っていた。やはり魂だけの状態で。今はその体は黒いタイトなドレスに包まれており、背中からはコウモリのような翼が生えていた。
「立川様、紅葉様、今日は本当にありがとうございました」
「お二人には本当に感謝のかぎりでござる」
アーサーとテレーズは俺達に深々と頭を下げた。とても穏やかな微笑みとともに。
「お二人のおかげで、それがし達は積年の思いを果たすことができたでござる」
「もう思い残すことはありませんわ……」
二人の体の光は次第に強くなっていく。
「そうか、お前達、もう――」
「はい。わたくし達も、そろそろのようですわ……」
「あるべきところに帰るでござる……」
二人は手を伸ばし、握り合った。さらにいっそう二人の体が強く光り始めた。
「紅葉様、しばらくの間、ともに過ごせて本当に楽しかったですわ。どうか、お元気で」
「幸人殿。今まで何かと迷惑をかけてすまなかったでござる。では、達者で!」
二人は俺達それぞれにそう言い残すと――消えた。まるで霧が晴れるように。
「……逝っちまったな」
少しの間、俺は二人が座っていた場所をぼんやりと見つめていた。あいつら、やっと成仏したんだな。手間かけさせやがって……。いろんな思いが頭の中を駆け巡った。
「まあ、これでひとまずは一件落着――」
と、そこで、紅葉が肩を震わせ、いかにも泣き出しそうに口をへの字に曲げているのに気づいた。
「おい、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫! 私、平気だもん、テレーズがいなくったって!」
「そうか?」
全然そんなふうには見えないが……。
「そうだもん! テレーズは好きな人と結ばれて、幸せになって成仏したの。それはとてもおめでたいことなの。だから、悲しくないもん! 友達として、心からお祝いしたい気持ちでいっぱいだもん……」
そう言いながらも、紅葉の目からは大粒の涙がぽろぽろこぼれ始めていた。紅葉はそれをごまかそうとうつむいて、指で乱暴に目もとをぬぐったが、それでも次々と滴は下に落ちて行った。
「無理すんなよ」
俺は紅葉の隣に座り、その頭を軽く叩いた。強がっているのは明らかだった。
「大事な友達だったからこそ、お祝いしたい気持ちもあるし、いなくなって寂しいって気持ちもあるんだろ。両方あって当然だぜ」
「……ほんと?」
「ああ。俺だってアーサーがいなくなってなんかこう……くるものあるしな」
実際話してるうちにそんな気持ちになっていっている俺だった。アーサーのこと、何かと邪魔くさいと思っていたのに、こうしていなくなったとたん、やつとの思い出が次々と浮かんできて、なんだか胸と目頭が熱くなってきやがる……。
「じゃあ、今は泣いてもいいの?」
「ああ」
「泣いても子供だって馬鹿にしない?」
「しねーよ。安心しろ」
俺はなるべく優しい声で言った。すると、紅葉は一瞬目をぎゅっとつむったのち、こちらにもたれかかってきた。そして、俺の上着に顔をくっつけて、号泣し始めた。俺の今日の服、わりと高くていいやつなんだけど……思わず苦笑いしてしまった。
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