六章 それぞれの結末 その7
「……でも、あんたさ、本当にこれでいいと思ってるの?」
またあてもなく園内をぶらぶらさまよっていると、紅葉が尋ねてきた。
「これでって何が?」
「テレーズ達のことよ。二人は幽霊だから、思いを成就したら成仏しちゃうじゃない? それって、もう二度と会えなくなるってことじゃない。あんたは、あのアーサーって外人とずっと一緒だったんでしょ? 彼がいなくなっても大丈夫なの? 友達いないんでしょ?」
「うっせーな、余計な御世話だっての」
言いたいことはわかるが、一言多いんだよ。
「まあ、寂しくないって言ったら嘘になるかもな。あいつはなんつーか、俺にとっちゃ、騒々しい、はた迷惑な同居人だったけどさ、悪いやつじゃないしな。でも、やっぱりもう死んでるんだし、きちんと思いをとげて、成仏したほうがいいと思うぜ。……前も言ったけどさ」
「そう……あんたはもうふっきれてるのね……」
「お前はそうじゃないのか?」
「そんなわけじゃないけど、やっぱり、テレーズがいなくなったらさみしくなるかなって……」
紅葉は憂鬱そうにうつむいた。「じゃあ、今から二人の仲を邪魔しに行くか? 成仏されないように」と、冗談っぽく言ってみると、たちまち首を横に振って「ダメよ!」と叫んだ。
「私の気持ちなんてどうでもいいの! テレーズが幸せになればいいの! あんたもさっき見たでしょ、テレーズのとてもうれしそうな顔。きっと、好きな人と一緒にいられて、すごく楽しいのよ。だから、邪魔しちゃダメ! ぜったい、ダメなんだから!」
「ああ、わかってる。冗談だよ」
俺はそう言って笑いながら、同時にちょっと感心していた。こいつ、けっこう友達想いのやつなんだな。
「でも、あいつらもめんどくさいやつらだよな。あれだけ好きあってるなら、生きてるうちにでもなんとかなっただろうによ」
「そんな簡単な話じゃないでしょ。昔は今と違って宗教の縛りがずっと強かったのよ。あんた『狭き門』って小説知ってる?」
「なんだその『締まりのいい膣』みたいなタイトル。ロリ凌辱ものか?」
「官能小説じゃないわよ、純文学よ! あんた、どんだけ卑猥な思考回路してるのよ」
紅葉は呆れたようにため息をついた。そしてその、締まりのいい、じゃなかった狭き門とかいう小説について説明した。なんでも、若い男女が愛し合っていたにもかかわらず、女のほうが宗教にハマっていたせいで、男からの愛を受け入れることができずに、葛藤の末衰弱死してしまった話らしい。なんだこの、豆腐メンタル女。これだから宗教にハマるような女は……。同じ悲劇でもロリ凌辱もののほうが抜けるぶんだけマシじゃねえか。
「言っておくけど、これ、ノーベル文学賞作家の小説なんだからね」
「え」
そう言われると、なんだか高尚な文学のスメルが漂ってくるような?
「私が言いたいのは、この狭き門のヒロインと、あんたの相棒は同じじゃないかってことよ。さっきの話を聞くかぎり、彼は聖騎士として、神様に全てを捧げるような生き方をしてきたわけじゃない? それなのに、邪悪とされる悪魔に恋をしてしまうなんて、そう簡単に受け入れられるもんじゃないわよ。それを認めちゃったら、それまで神様のために生きてきた人生、全部否定することになるんだから」
「まあ、それはあるかもな……」
前からめんどくさいやつだと思っていたが、それなりに理由はあったってことか。ノーベル文学賞レベルの葛藤と苦悩が。
しかし、紅葉のやつ、自分のこと子供だって自虐しておきながら、さっきから、そうでもないような発言ばかりしているような……。
「お前さ、本当に自分のこと子供だって思ってるのか?」
「何よ急に」
「だってさ、本当にメンタルがガキそのものなら、テレーズのことあんなふうに応援できないもんだろ。それに、お堅い純文学のことまで知ってるし」
「そ、そうかしら?」
「ああ。お前、もっと自分に自信を持った方がいいんじゃないか? たぶん、お前は自分が思ってるほどガキじゃないと思うぜ」
「え……ホントに? ホントにそう思う?」
紅葉はとたんに俺の顔を覗き込んだ。目をキラキラさせながら。「まあな」とさらに念を押すと、その顔はぱっと明るい笑顔になった。花が咲くような、とてもうれしそうな顔だった。
「そっかー、私って、意外と大人だったのね……ふふ」
次第ににやにやし始める。こいつ、どんだけうれしいんだよ。俺も笑ってしまう。
「ま、どっちかというと、今のところ子供成分のほうが優ってるって感じだけどな」
とりあえず、あまり調子に乗らないように釘を刺した。「何よ。褒めるかバカにするかどっちかにしなさいよ」紅葉はたちまち不機嫌そうに俺をにらみ、そっぽ向いた。
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