六章 それぞれの結末 その6
「テレーズ殿、唐突ではあるが、それがしの人生について、聞いてくださらぬか?」
「はい、喜んで」
「では――」
こほん、と、咳払いして、アーサーは何やら自分語りモードに入ったようだった。話は五歳の頃、山賊に襲われたところからはじまった。山賊に家族と住む家を奪われた彼は、謎の女に助けられ、一人だけ隣の村に送られたという……ここまでは俺が夢で見た通りの過去だ。その後、孤児としてその村の教会にしばらく身を寄せていたが、ある日そこを訪れた聖騎士が、彼の身の上を憐れんで、養子として引き取ったという。そして、それ以来彼は、立派な聖騎士となるべく、勉強に、剣の修行にあけくれたのだそうだ。
だが、そんな日々の中、時折夢枕に一人の女の顔が浮かび、その都度、心が乱れたという。ある日、思い切って育ての親に相談したが、それはお前のふしだらな欲望の現れだと言われるだけだった。しかし、やがてその女は現実に現れた。彼がいつものように外で剣の修業をしていると、木陰から誰かに見られている気配があった。はっとしてそちらに振り向くと、そこには一人の女がいた。何度も夢で見た顔だった。女は彼と目が合うと、すぐに去って行ってしまった。彼の心はますます乱れた。そう、彼女こそが、かつて幼い彼を救った悪魔、テレーズだった。しかも、それと同じことは、その先何度もあったという。(ストーカーかよ!)
やがて、彼は正規の聖騎士となり、悪魔討伐に参加するようになった。その活躍はすばらしく(本人談)、次第に大きな仕事も任されるようになっていった。そしてある日、偉い司祭様から直々に、とある女悪魔を倒すように命じられたという。彼はただちに部下を伴って、その潜伏先である森に向かった。
だが、そこで彼を待ち受けていたのは、彼を何年にもわたりストーカーしていた女、テレーズだった。なんと、彼女は彼の宿敵、悪魔だったのです!
その驚愕の真実を知った彼はたちまち強い腹痛に襲われ、倒れてしまった。そして、その隙に、テレーズは逃げてしまった。(部下はどうした)任務に失敗した彼は、帰還後、騎士団長から激しく叱責された。彼自身も、強い責任を感じた。
そこで彼は、自ら志願し、その女悪魔を討伐するための旅に出た。旅に出てからも、彼女はわりと頻繁に彼の前に現れていたので、追跡は容易だった。(おいおい)しかし、いつも、いざ剣を向けて倒そうとしたとたん、謎の体の不調に襲われ、失敗するのだった。
そして、彼が二十五歳になったばかりの頃、彼女との激しい戦いで、ともに命を散らしてしまうことになったのだった……。(ただの自爆だけどな!)
「それがしはずっとテレーズ殿のことを追いかけていたでござる。何年も、ずっと。それは悪魔であるテレーズ殿を倒さなくてはいけないという思いからでござった。しかし、それは、それがしの本当の気持ちではなかった。本当はただ……テレーズ殿に一目だけでもお会いしたく……」
アーサーはびっくりするほど真剣な口調とまなざしだった。「まあ、本当ですか」テレーズもその真剣さに心打たれたようだった。二人はテーブルの上で互いの両手を握り合い、見つめあった。これ以上ないアツアツの視線で。
「テ、テレーズ殿、ここからが本題でござる。それがしの話を最後まで聞いてくださるでござるか?」
「はい、もちろんですわ」
おお、ついに告白するのか! 言っちゃうのか、ぶちまけちゃうのか、六百年分の思いのたけを! 俺達は固唾をのんでその様子を見守った。
「そ、それがしは、テレーズ殿のことを……ことを――」
と、そのとき、通路の向こうから幼児が奇声を上げながら走って来た! アーサー達はとっさに両手を離した。
「こら、騒いじゃダメでしょ!」
少し遅れてその幼児の母親らしい女が駆け寄って来た。そして、「すみませんねえ、お騒がせしてしまって」とアーサー達に頭を下げ、幼児を連れて向こうへ去って行った。
「ここはその……大事な話をするには少々騒がしいでござるな……」
「そうですね。どこか違うところで、改めて……」
二人は気恥ずかしそうに顔を見合わせ、笑った。
「なんだよ。まだ言わないのかよ」
「じれったいわねえ」
俺達はすっかり肩透かしを食らった気持ちだった。
「でも、かなりいい雰囲気みたいじゃない。このままだとすぐにうまくいくわよ」
「そうだな。もう俺達が何かするまでもないな」
ほうっておいても、どうせ夕方までには何とかなってるだろう。俺達はそのままレストランを出た。
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