六章 それぞれの結末 その5

 やがて、適当に遊園地を回っているうちにお昼になった。アーサーとテレーズはちゃんとうまくやっているだろうか。俺達はいったん様子を見に行くことにした。


 二人は遊園地の一角にあるレストランにいた。俺達がそこに着いた時には、二人はちょうど店員に案内されて席に着いたところだった。休日ということもあり、店の中は客でいっぱいだった。窓の外から中を一瞥しただけでも、空いている席はなさそうだった。


 俺達は窓をすり抜けて中に入り、アーサー達の席の近くにまで行った。やつらに見つからないように、こっそりと。他の客は相変わらず俺達のことは見えていないようだった。


 やがて店員が水とメニューを持ってきた。アーサーはメニューを見るや否や、「おお」と少し興奮したような声を上げた。


「この店にはエールがあるでござる。テレーズどの、ぜひ頼むでござる!」


 何かを指差して言っているようだ。


「エールって何だ?」

「ビールのことじゃない?」

「え……それってアルコールだよな? 俺達の体でそれ飲むつもりなのかよ」

「まずいわね」


 どうしたものか。止めに入るべきか。俺達は顔を見合わせた。


 だが、そこでテレーズが空気を読んだようだった。「いけませんわ、アーサー様。わたくしたちはあくまで紅葉様達からお体を借りている身なのですから、お酒など飲まれては」とたしなめた。おお、ナイスアドバイス! アーサーも「そうであったな」と、すぐに納得したようだった。かなり残念そうだったが。


「そんなにがっかりされなくても。お料理だけでも楽しみましょう……あ、これでしたら、問題ないのではないでしょうか」

「? これもエールでござるが?」

「これはノンアルコールだそうです。酔わないエールだそうですよ」

「おお、近頃はそういうものもあるのでござるか! では、それを頼むでござる!」

「そうですね。わたしくも同じものをいただきますわ」


 どうやら、メニューにノンアルコールのビールがあったようで、それで妥協することにしたらしい。まあ、アルコールが入ってないならただのソフトドリンクだし、問題ないだろう。俺達はほっと胸をなでおろした。


 そして俺は同時に、かなり普通にテレーズと話ができているアーサーに驚いていた。たった数時間でこんなにも打ち解けるとは。あんなにキョドっていたのはなんだったんだ。


 やがて、二人は注文を終え、しばらくして運ばれてきた料理(ハンバーグ定食のようだ)とノンアルコールビールを飲み食いしはじめた。朗らかに談笑しながら。


 いったいどんなことを話しているのだろう。俺達はさらに聞き耳を立てた。


「なんだか夢のようですわ。こうして、アーサー様とお食事を楽しむことができるなんて。六百年前は、こんなこと、あり得ないと思っていましたから……」


 テレーズはアーサーを見つめ、しみじみとつぶやいた。その瞳はあたたかな光をたたえていた。さらに、お酒は入ってないはずなのに、頬はほんのり赤らんでいた。とても幸せそうな、愛に満ちた表情だった。


「そ、そうでござるな。それがしも同感でござる」


 アーサーはさすがに照れ臭そうだった。


「しかし、こうなったのも元はと言えばそれがしの所業が原因。テレーズ殿には本当にすまなかったと思ってるでござる……」

「原因?」

「それがしがテレーズ殿の命を絶ってしまったことでござる。言い訳するつもりは毛頭ござらんが、あれはそれがしの本意ではなかった……。本当に、あの時のことは申し訳ないと――」

「まあ、そのことでしたら、わたくしは全然気にしてませんわ」

「い、いや、しかし、それがしはテレーズ殿を殺したのですぞ?」

「そうですね、結果的にはそうなりますわね。ですが、もしあの場で、わたくし一人だけ生き残っても、きっとアーサー様が亡くなったことへの辛くて悲しい気持ちでいっぱいになって、生きる気力を失ってしまうことになったでしょう。何より、あの時代、わたくしたちはお互い話をすることも許されない存在でした。あのままあの時代を生き続けることに、何の意味があったでしょう。わたくしは、あのとき、アーサー様の剣で貫かれて、アーサー様と共に果てて、よかったと思っています。こうしてまた時代を超えて巡り合えたのですから」

「テレーズ殿……」


 アーサーはテレーズのその言葉に強く胸を打たれたようだった。一瞬、呆けたような顔をして、その後、うっすらと目に涙を浮かべた。そして、すぐにそれを指の腹で乱暴にぬぐい、照れ隠しのようにノンアルコールビールを一気にのどに流し込んだ。

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