六章 それぞれの結末 その4

「でも、なんであんな変なカラーリングとツギハギなんだ? 子供向けならもっとかわいくできるだろうに」

「バカね。ああいうのはブキミかわいいって言うのよ。普通のかわいいデザインなら印象に残らないでしょ。それに、あのツギハギにはちゃんと意味があるんだから」

「へえ、どんな?」

「カルロは小さいころに大怪我して、それを友達から皮膚移植して助けてもらったのよ。その時の友情のしるしなの」

「なんか、どっかで聞いたような話だな……」


 つか、微妙に設定重いし! キッズ向けなのに皮膚移植ってのも何なのよさ。


「何よその反応。あんたもしかして、カルロをそのへんの安い子供向けマスコットキャラと同じだと思ってない? カルロはすごいんだから!」

「どうすごいんだよ」

「カルロはね、世界で一匹しかいない、まめクマっていう種族なのよ」

「それって日本のトキ以上に絶滅危惧種ってこと? やべーな、歌ってバトルしてる場合じゃねえだろ。早く研究機関に収容して種の保存のために精液採取しないと――」

「カ、カルロはそんなの出ないもんっ! 変なこと言わないで!」

「え、カルロってメスなん?」

「男の子よ。まだ子供なの。だ、だからその、せい……は、まだ……」


 紅葉は恥ずかしそうに言葉を濁した。こいつ、ほんと下ネタに耐性ないな。


「そ、それに、カルロは、子供なのにいろんなことができるのよ。最初のシリーズではサーカスの団員だったの。一輪車に乗ったり、空中ブランコしたり、ナイフ投げをしたり、大活躍だったの。すごいでしょ? あ、シリーズっていうのは、原作の絵本のシリーズの事ね。カルロは今でこそテレビに引っ張りだこだけど、最初は絵本の中だけの存在だったのよ。それで、人気が出て、シリーズがたくさん続いて、鉄道旅行したり、悪い盗賊団を壊滅させたり、仲間と一緒に冒険して伝説の秘宝を見つけたり、太古の恐竜を現代に復活させて友達になったりしていったの。今、カルロと一緒にステージにいるのは、主に第五作目の『カルロのゆかいなピクニック』で登場したキャラ達ね」

「そ、そうか……」


 やばいぞ、こいつ。なんか急に気合入れて説明し始めるし。無駄に詳しいし。ちょっとカルロオタすぎんよー。


「特にあのアナグマのティーポは最近人気急上昇中で、露出が多いみたいね。でも、私はやっぱりカルロが一番だと思うけど」

「ティムポ? アナグマで穴が好きだから、そういう名前なのか?」

「ティーポよ! あんた、いい加減下品なこと言うのやめなさいよ!」


 紅葉は本気で怒っているようだった。俺は笑った。こいつ、ホントにこの作品好きなんだな。ガキ臭い容姿とメンタルだと思っていたが、趣味までガキとは。でも、愛情はそのへんにいる子供よりずっと深そうだ。 それからすぐにショーは終わったが、俺はその場でしばらくの間、紅葉のカルロトークを延々と聞かされる羽目になった。大好きなカルロのことを語る紅葉の表情はとても生き生きしていた。やはり子供っぽいと言えばそうなのだが、同時にかわいいと言えなくもなかった。(あくまでちょっとだけだけどな!)


 やがて、次のステージが始まるような空気になったので、俺達はそこを後にした。


「あんた、私のことまた子供っぽいって思ったでしょ?」


 そのままなんとなく外を並んで歩いていると、ふと紅葉が尋ねてきた。「まあな」と、俺は正直に答えた。すると、紅葉は「そう……」とだけ言って、しょんぼりとうなだれてしまった。いつものように怒ったり強がったりするかと思ったのに意外だった。こいつ、本当に自分が子供っぽいってことにコンプレックスを感じてるんだな。


「でもな、あのカルロってクマを好きな気持ちは大人も子供も関係ないと思うぜ。優れた絵本や児童文学ってのは大人でも楽しめるもんなんだ。あのクマだって同じだ。よく見りゃ、俺もなんとなくかわいいような気持ちになってくるし? なんとなく……」

「ほんと? あんたもカルロのこと好きになったの?」


 紅葉はたちまち顔を上げた。明るい笑顔で。


「ねえ、うちにカルロの絵本、全部そろってるの。よかったら今度読んでみない? 特別に貸してあげるから」

「え……」


 いきなりオタ特有の布教活動が始まったぞ。お前、さっきまで落ち込んでただろうに、なんなんだよ。俺、ただフォローしただけだっての。あんなクマ、別に本気で好きじゃねえし。


「あと、DVDも全部そろってるから、見てみない? ちゃんと毎週番組を録画して、保存してるのよ」

「そ、そうだな、そのうちな……」


 やばいな。絵本だけならともかく動画まで揃えてらっしゃる。こいつの趣味に付き合うと、とんでもなく時間をとられそうだ。


「それより、他に何か面白いショーとかやってないか、探しに行こうぜ」


 あわてて話題を切り替えると、逃げるようにその場を離れた。

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