五章 二人の気持ち その8
本当に雷が苦手なんだな、こいつ……。ふと、かわいそうな気持ちになった。俺は紅葉のすぐそばまで行き、背中をさすってやった。すると、紅葉は急にこっちにもたれかかってきた。さらに、背中にまわしている方とは反対の手を両手でぎゅっとつかんできた。
「な、なんだよ、急に……」
いきなり紅葉の体温を間近に感じて、ちょっとドキドキしてしまう。
「……ねえ、もっとお話して」
「え」
「バカなこと言って。くだらないこと言って。このさい、エッチなことでもいいから。あんたと話してれば気がまぎれるから……」
「い、いや、そんな急に振られても……」
こんな、女子に手を掴まれて密着した状態で頭回らねえよ。なんかこいつ、いいにおいするし!
「じゃあ、しばらくこうしてて。それで、雷様がおへそを取りに来たら私を守って。絶対よ」
「え、守る?」
「できるでしょ。あんた変態だけど一応は男なんだから。変態だけど……」
「わ、わかった」
変態言いすぎだろと思ったが、紅葉の声があまりに弱弱しいので素直にうなずいてしまった。まあ、実際に雷様がおへそ取りに来るわけないしな。
俺達は結局、しばらくの間そのままの状態で過ごした。十五分くらいだっただろうか。お互い、何もしゃべらなかった。紅葉の吐息が俺の首筋に当たってやけにくすぐったかった。
やがて雨が止み、紅葉は俺から離れた。俺はなんとなく、紅葉から少し離れたところに座りなおした。
「……ねえ、あんた、私のこと子供だって思ったでしょ?」
ふと、独り言のように紅葉が尋ねてきた。顔は伏せたままだった。
「高校生にもなって、雷様がどうとか、ほんとバカみたいよね……」
重く息を吐きながら、自虐的に言う。
そうか、こいつ、自分が子供っぽいってことは一応自覚あって、それでコンプレックスになってるんだな。ふと、今までの言動を思い出した。アンネのデカ乳を忌々しげに揉んだり、他の女子達の前で「子供じゃないのよ」と虚勢を張ったり。全部、コンプレックスの裏返しだったんだ……。
「いや、それぐらいじゃ子供とは言えないと思うぜ。誰だって苦手なもんの一つや二つあるもんだし」
自然と、言葉が口から出てきた。
「たださ、いもしない彼氏をさもいるように言って、周りを欺くのはガキだと思うぜ。見栄を張りたいんだろうけどさ」
「な、何よ……あんたには関係ないじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ。お前、逆に損してるんじゃないかって思ってさ」
「損って?」
「だって、お前が演じてる、男が常にいる女って女同士の世界じゃカッコイイのかもしれないが、男から見ればただのヤリマンだぜ?」
「ヤ、ヤリ……」
紅葉はなんかショックを受けたようだった。もしかして、そういうふうに考えたことはなかったのか。やっぱガキだな、こいつ。
「でも、私の周りの女の子は、彼氏いたり、気になる人いたり、告白されたりしたことあるのよ。みんな恋愛してるの。私だけ、そういう経験ゼロだなんて、かっこ悪いもん……」
「いや、そういうのは人それぞれだろ。それだけで大人か子供か決まるもんでもないと思うぜ」
答えながら、ようやく紅葉が嘘を認めたことにちょっぴり安堵した俺だった。今までのが嘘じゃなくて、本当に彼氏がいる女だったら、なんかやだもんな。なんか……。
「ほんと? 高校二年生にもなって恋愛経験ゼロでも、子供だって思わないの?」
「いやまあ、俺も似たようなもんだし……」
「あ、そういえばそうだったわね」
紅葉はふと笑った。そして、それでなんだか気持ちが落ち着いたようだった。「あんたなんかに意見を求めるんじゃなかったわ。なんの参考にもならないじゃない」そう言って、ベンチから立ち上がった。すっかりいつもの、強がってるような口調に戻っていた。
「じゃあ、私もう行くから。バイトあるし」
「おう、頑張ってな」
俺はベンチに座ったまま紅葉を見送った。そして、少しの間そこでぼーっとしていた。今日は、ずいぶんいろんな表情の紅葉を見た気がする。特に笑った顔……。その子供っぽい、可憐な笑みを思い出すと、少しだけ胸がドキドキしてきた。
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