五章 二人の気持ち その7
「何ってお前、雨降ってるし、雷だって鳴るだろ……」
「なんで雨降ってるのよ!」
「そりゃ六月で梅雨時ですから……」
「そんなことわかってるわよ、バカ! なんでさっきから当たり前のことしか言わないのよ、バカバカバカ!」
「す、すみません……」
涙声でヤケクソのように怒鳴られては、さすがに何も言い返せない俺だった。
「別に、そこまで怖がる必要ないだろ。雷に打たれて死ぬ人間なんてめったにいないんだぜ?」
「バ、バカね! 雷様がおへそを取りにくるに決まってるでしょ!」
「おへそ?」
「あ……」
とたんに、紅葉はいかにもしまったという感じで口ごもってしまった。
「雷様がおへそって何? お前、こないだもそんなようなことを口走ってたよね? ねえ?」
「…………」
紅葉は俺の問いに何も答えず、顔を真っ赤にして目をそむけるだけだったが、やがてぼそっと「お婆ちゃんがそう言ってたんだもん」とつぶやいた。
「お、お婆ちゃん?」
「そうよ! 小さい時、何回も聞かされたんだもん! 雷様が鳴ってる時は、おへそを隠しなさいって! そうしないと、おへそを取られちゃうって!」
「え、お前まさか、高校生にもなってそれ信じて――」
「なわけないでしょ! でも、雷が鳴るたびに、そのときの怖いイメージが頭によぎっちゃうんだもん! しょうがないでしょ! おへそを取られたら、さらにそこから腸が引きずり出されて、そのまま死んじゃうのよ! 怖いでしょ、そんなの!」
「そんなグロい伝説でしたっけ?」
「お婆ちゃんはそう言ってたの!」
「あ、はい……ソースはBBAね……」
どういう情操教育だよ。こいつのババア、孫の幼女に何トラウマ植えつけてんだよ。吹き出さずにはいられない。
つか、こいつも雷様がどうとか、すげえ子供メンタルすぎるような。高校生にもなってどういうことだよ。
「お前さ、もしかしていまだにサンタクロースを信じてたりする?」
「はあ? いきなり何言ってんの、あんた?」
「ですよねー、高校生にもなって信じてるとかありえな――」
「いるに決まってるでしょ、サンタさんは」
「え――」
なんですと! ガチの信者なのかよ!
「い、いや、あの、大人の世界ではいないことになってるのが常識でして……」
「バカね。私なんか、毎年プレゼント貰ってるんだから」
「それはお前の親が用意してるもんじゃ」
「ちゃんとサンタクロースよりって書いてあるもん」
「日本語で? カタカナで?」
「そうよ」
「でもサンタさんは外人ですよね?」
「そうね、きっと日本語を頑張って勉強したのね」
「そ、そうですね……。でも、サンタさんからのプレゼントがなぜか都合よくお前様が前から欲しかったものだったりしませんか?」
「そういうときもあったわね。きっと私の気持ちをわかってくれてるんだわ」
やべえな。こいつ、ガチガチに信じてやがる。
「あんただって毎年プレゼント貰ってるでしょ?」
「いや、なんか中学生あたりからデパートの金券になったよ。最近は尼ギフだったりな。換金できないように、俺のアカに最初から加算されてたりな……」
「何それ? サンタさんってば、選ぶのめんどくさくなったのかしら?」
「まあ、そんなところだろうな……」
うちの親父がな。サンタじゃなく、うちの親父がな! 夢のない家庭なんだな、うちはな!
「あんた、もしかして高校生にもなって、サンタさんがいないって言い張る気なの?」
「え、あ……はい」
「バカねー。いないわけないでしょ。そんな証拠もないんだから」
紅葉はふふんと、得意顔で笑った。こいつの脳内、どんだけメルヘンだよ。
「ま、まあ……幽霊とか悪魔とか実在するんだから、世界中のガキにプレゼントばらまく赤いジジイが一人や二人いてもいいよな……はは」
もう否定するのもめんどくさい俺だった。どうせ結婚してガキができて、プレゼント用意する立場になったら気づくことだろうしな。
と、俺が苦笑いした時だった。また雷が鳴った。
「や、やだ、もう……」
紅葉はやはり怖くてしょうがないようだ。また顔を伏せ、身を固くしてしまった。その頭を抱える手は少し震えている。
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