五章 二人の気持ち その6
「何よ、その白けた態度。どうせあんたの左手の包帯も似たようなもんでしょ」
「いや、俺のはガチな封印なんで……。色々あったんだな、これが」
はあ、と、重くため息をついた。そしてなんだかそこで自分語りモードのスイッチが入ってしまったようだった。ごく簡潔に、かいつまんでだったが、俺がなぜ中二病キャラになってしまったかを紅葉に話してしまった。まるで独り言のように。
「立川幸人ルシファー? 何その芸名。バッカじゃないの」
紅葉に笑われてしまった。ちくしょう、人の悲しい過去を何だと思ってやがる。
「笑い事じゃねえよ。アーサーのこと、詮索されないためにはしょうがなかったんだよ」
「中二病キャラでいることが? でも、中学か高校に上がるタイミングでやめることできたんじゃないの? 人間関係リセットされるし」
「それだと左手の包帯の説明がつかなくなるだろうが」
「適当に、昔の火傷や傷の跡を隠してるってことにでもすれば」
「え……火傷……傷跡……?」
何その発想。目から鱗ですよ?
「あんた、まさかそんな簡単な言い訳も思いつかなかったんじゃ――」
「ち、ちがっ! その程度の嘘で騙されるほど、世間は甘くないと思ってたんだよ!」
「いや、人の古傷に詮索してくる人ってそうはいないでしょ」
「いるよ! 渡る世間は鬼ばかりってスガコが言ってたし!」
言いながらだんだん涙目になっちゃう俺だった。俺の数年の苦労とは一体何だったんだろう。まさか、痛い中二病ピエロを演じる必要がなかったとは……。
「あんた、抜け目ないようで抜けてるのね。そんなことぐらい、早く気付きなさいよ」
紅葉はまた笑った。さっきよりはちょっと無邪気な、子供っぽい笑みだった。
こいつ、こんな顔もするんだな……。ふと、その屈託のない表情に目を奪われた。思えば、今ままではひたすら罵られ、睨まれ、警戒されっぱなしだった。なんだこいつ、普通に話してれば、そこそこイケるほうじゃん……。
って、あれ? そういえば、今俺達が語ってるような「普通の話」って、こいつとするの初めてなんじゃない? 今までってほぼ性的な話しかしてなかったんじゃない? っていうか、ほとんど俺が一方的にセクハラしてただけなんじゃない? そして、それに対する紅葉のリアクションが、罵詈雑言と敵意むき出しの視線だったんじゃない?
つ、つまり……俺はこいつのことをクソ女だと思っていたが、クソだったのは、もしかして俺の方だったってこと? 俺がセクハラするから紅葉の反応がひたすら冷やかだったってこと? こうやって普通に話をしていれば、ちゃんと普通に、にこやかに話せる女だったってこと、こいつは?
な、なんてこった……。俺はたちまち自己嫌悪でいっぱいになり、死にたくなってきた。
「なあ、小日向。お前、今まで俺のことさんざん変態って罵ったよな?」
「そりゃ、実際そうとしか呼ぶしかない存在でしょ、あんたは」
「そ、それってつまり、心の底から俺を変態だと思ってたってこと?」
「はあ? それ以外に何があるってのよ」
「そう……なんだ……やっぱり俺って変態なんだ……」
なんか急に鬱になって、ベンチの上で膝を抱えてしまった。
「何急に落ち込んでんのよ。前から変態って言ってるでしょ」
「いや、そういうのはその、悪口の常套句というか、その場のノリみたいなものかなって……。ほら、オタンコナスとか悪口あるけど、実際、人のことナスだなんて思ってるやついないだろ? お前が俺を変態と呼ぶのもそれと同じなのではと……」
「なんでそういう発想になるのよ。あんた、今まで私に何したのか、考えてみなさいよ。どう考えても変態でしょ。異常でしょ、あんた」
「異常……なの、俺……」
知らなかった。俺はずっと自分のことを平凡な人間だと思っていた。俺が紅葉にやらかしたセクハラなんて、思春期の男子なら誰だってやるようなことだと思っていた。最近はやらないのか。草食系ってやつか? クソッ、俺だけが先走りで汁を飛ばしていたのか。そりゃ、変態って呼ぶしかねーわ……。ますます膝を抱える俺だった。
「小日向……俺、同性の友達いないんだ……」
「それさっきも聞いたから」
「でも、今気付いたんだ。俺には俺を変態と認定してくれる存在が必要だったってことに。つまり、お前が俺を変態呼ばわりすると言うことは、俺にとってはとても大事な、意味のあることだったんだよ!」
「え……何それ、キモイ」
「もっと俺を変態と罵ってくれてかまわないのよ!」
「いや……何かもう一切関わりたくない気分なんだけど……」
紅葉はなんだかドン引きしてる様子だ。おかしいな、俺は今、セクハラではなく極めてまじめな、俺自身のアイデンティティーに関わる重大なトークをしてたはずなのに……。
と、そのときだった。急に空が光り、雷鳴が轟いた。
「きゃあっ!」
とたんに紅葉は頭を両手で抱え、縮こまってしまった。
そういや、こいつ、雷が怖いんだっけ。
「大丈夫か? 雷が怖いんなら、またテレーズに代わってもらえば――」
「バ、バカ言わないで! 別に怖くなんかないわよ!」
そう叫ぶ声は震えていた。いかにも強がってるという感じだ。
まあ、どうせ雨もすぐ止むし、このままでも……と、思ったが、その直後、また雷鳴が響いた。
「やだ……もう、なんなのよ!」
紅葉はさらに委縮してしまった。
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