五章 二人の気持ち その5

「あんたって本当に変態ね。バカにするにしても、他人のこと、そういうふうにしか言えないの? 頭の中、エロいことしか入ってないんじゃないの」


 紅葉は心底俺を軽蔑しきった口調で言いながら、ペンチに座りなおした。「勝手に俺の成分分析しないでくれる?」俺も座り直しながら、とりあえず反論した。


「じゃあ、あんたエロいこと忘れて、知的な会話とかできるの?」

「で、できるに決まってんだろ!」

「じゃあ、政治経済の話とかしてみてよ。真面目に」

「え、せいじ……けい……ざい……」


 うわあ。この女、俺の一番苦手なジャンル付いてきやがった!


「そ、そうだな……最近不景気だな……」

「そんなの私達が生まれる前から言われてることよ。不景気不景気って。あんた、そんなことしか言えないの? 語れないの?」

「か、語れるよ! かぶか?とか超語れるし!」

「じゃあ、語ってよ」

「え……そうだな……に、日経平均ってあるじゃん?」

「あるわね」

「あれ、ちょっと油断してると月経平均って読んじゃう――」

「ないわよ」

「あるよ! 絶対あるよ! 日経も月経も字面は似てるし、同じようにアガったりするもんじゃん! 絶対、一度は見間違えるよ!」

「ないって言ってるでしょ、この変態!」

「うっせー、バーカ! 俺は実際あるんだよ! ちょうど夕方のニュース番組をぼんやり見てたら美人のアナウンサーが映ってるところに日経平均がどうとかってテロップが出て、それをうっかり月経平均って読んじまって、たちまちときめいて、そのアナの月経に思いを巡らせて、生理周期予想して、排卵日特定して、その日に合わせてシコってエア着床プレイ――」

「もういいわ、黙って。あんたが筋金入りの、どうしようもない最低の変態野郎だってことはよくわかったから」


 紅葉はいかにも呆れたように深くため息をついた。何その態度。人がせっかく知的な政治経済トークしてるっていうのに……。


「あんたって本当に変態よね。恥ずかしくないの?」

「何を。イマドキの男の子の頭の中はみんなこんな感じですよ? いわば、俺のアダルトトークは健全な思春期の少年の性欲の発露――」

「いや、あんた、明らかに異常だと思うんだけど? 他の男友達と比べて、自分が変だと思わないの?」

「え、男友達……」

「いるでしょ、一人ぐらい」

「いませんが、何か?」

「え――」

「いませんが、何か?」

「ご、ごめん、聞いちゃいけなかったわね……」


 紅葉はとたんに気まずそうに目を反らした。だから、さっきから何なんだよ、この女の態度。イライラするんですけど!


「べ、別に、リアルで友達いなくても、電子の海の中には話し相手いっぱいいるしぃ! 何一つ不自由しないんですけどぉ!」


 言いながら、なんだかひたすらみじめな気持ちになって来た。俺ってもしかして、かわいそうな人だったのか……? 


「だ、だいたい、俺は友達作れないんじゃなくて、あえて作ってないだけだしぃ! この左手の封印の秘密を守るために痛い中二病を装って他人を遠ざけてるだけだし! か、勘違いしないでよねっ!」

「あ、そうなんだ? あんた、意外と苦労してるのね……」


 なんだか今度は同情されてしまったような雰囲気だった。


「何だよ、他人事みたいにさ。お前だって、テレーズのことでそれなりに苦労してるだろ?」

「してないけど?」

「え……でも、眼帯……」

「それが何か?」

「いや、お前だって封印のためにずっと眼帯してないといけないんだろ? それってけっこう不自由だし、周りにもうまいこと言ってごまかさなきゃいけないんじゃ――」

「別にずっと眼帯してなくてもいいけど。テレーズは私に黙って勝手に表に出てくることはないし」

「え……じゃあ、なんでここ最近は眼帯してたの?」

「ただの最近の私のマイブームよ。アクセサリーみたいなものね」

「なん……だと……」


 ショックだった。俺と同じ境遇のはずなのに、紅葉ってば全然不自由してなかったのかよ。眼帯はTDNアクセサリーだと? なにそれ?


「じゃあ、眼帯外してテレーズと入れ替わるってのは?」

「テレーズと私でそういう決まりを作ったの。なんか変身ヒーローみたいでかっこいいじゃない?」

「あ、うん……そうっすね……」


 なんだこいつ? 魔女っ子アニメの主人公にでもなったつもりかよ。俺なんかよりよっぽど中二病じゃねえか。

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