五章 二人の気持ち その4

 そこにはベンチが二つ、横並びに設置されてあった。その片方の真ん中に俺が座ると、紅葉はもう一つのほうの端に座った。俺のいる方と反対側だ。さらに、ベンチの上で体操座りをし、雨に濡れて微妙に透けている上着を膝で隠した。なんという盤石の警戒態勢。目が合うと睨まれた。なんだか、雨で濡れそぼってるところを拾って家に連れ帰ったはいいものの、敵意丸出しでこちらに毛を逆立てている野良猫みたいだ。


 しかし、うちの学校の制服のスカートは短いんだ。それなのに、ベンチの上で体操座りなんてすると……。


「おい、その体勢だとパンツが見えちまうぞ」


 これ以上ヘイトを溜められるとめんどくさいので、親切に教えてあげたが、


「バカね。ちゃんと対策してるんだから」


 ああ、そうでした。こいつはスカートの下にショートパンツはいてる夢も希望もない女だった。


「ま、そんなに気になるって言うなら、見せてあげてもいいけど?」


 紅葉はふふんと、何やら得意顔で笑って、ベンチから離れて立ち上がり、これ見よがしにスカートをめくりあげた。


「どう? ちゃんと履いてるでしょ?」

「――ああ」


 俺は一瞬目を疑った。スカートの下から現れたのは、忌まわしいショートパンツではなかった。むきだしの、白いおパンティだった。そう、無地で、シンプルなデザインで、フロントにちょこっと小さなリボンの刺繍が付いているやつだ。布地の面積は過不足なく局部を覆い隠しているが、真ん中はわずかに盛り上がって、さらにしわが寄っている……。なんだこれ、なんだこれ。


「お、お前、裸の王様って童話知ってるか?」

「何よ急に。知ってるわよ、それぐらい。正直者にしか見えない服を売りつけられちゃうバカな王様の話でしょ」

「まあ、そうなんだが……お前が、今履いているというショートパンツも、その類なのかなって思ってさ……」

「何意味わかんないこと言って――ああ!」


 そこで紅葉はようやく非常事態に気付いたようだった。あわててスカートのすそを下げた。その顔は真っ赤だ。


「み、見た?」

「そりゃ、見るしかないだろ……」

「なんで見ちゃうのよバカ! 変態!」

「いや、お前が見せつけたんだろ! だいたい、なんで今日に限ってショートパンツ履いてないんだよ! 俺的にもサプライズすぎるわ!」

「な、なんでって……あ!」


 紅葉はその瞬間何かに気付いたようだった。いきなり近くに転がしていた補助バックを開け、中身を乱暴に取りだした。体操服とショートパンツが出てきた。


「そうか。小日向さんのクラスでは今日は体育の授業があったんダネ。それで、授業が終わって体操服から制服に着替える時、ショートパンツをはき忘れちゃったんダネー。あるあるー、それあるー」

「うるさいわね!」


 笑わずにはいられない俺を、紅葉はまたも怒鳴りつけた。相変わらず顔は赤い。六月なのに真っ赤な紅葉だ。


「あ、あんた、今見たこと全部忘れなさいよ、今すぐ!」

「いやいや。俺的にはサプライズだったけど、うっかりパンモロってのはシコリティのヒエラルキーとしては低い方だし、気にすることないと思うよ? やっぱポイント高いのはうっかりパンチラの方かな。まあ、最強はマンモロなわけで、お前のそれはすでに拝見済み――」

「いいから、あの日見たことも全部忘れなさいよ!」

「そうだなあ。お前の使用済みの体操服のにおいでも嗅げば忘れられるかもなあ」

「そんなことできるわけないでしょ! 変態!」

「ちっ! しゃーねーな。じゃあ、へそ舐めさせてくれるだけでいいよ。生で」

「よくないわよ! なんでいかにも妥協したような雰囲気だしながら、変な方に要求がエスカレートしてんのよ、このド変態!」

「んだよ、それぐらいいいだろうがよ。ケツの穴の小せえ女だな。締まりがいいのは前の穴だけにしとけよ、クソが――」

「なによそれ、サイテー!」


 ばちん! 俺はいきなり平手打ちを食らってしまった。おお痛い。急に暴力に訴えるとか、クソすぎんだろ、この女。


『いや、今の発言は幸人殿が全面的に悪いでござるよ。ひっぱたかれて当然でござる』


 うっせーな、俺の脳内のござる騎士。てめえは自分のことだけ考えてればいいんだよ。

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