五章 二人の気持ち その2
「じゃあ、あらためて、こっちのお薬をどうぞ、小日向先輩」
アンネは青い液体が入っているほうの小瓶を開け、それを紅葉の顔の前に持って行った。
そのにおいをかいだ紅葉はとたんに鼻をひくひくさせ、くしゃみをした。そして、その瞬間、テレーズが表に現れたようだった。すっかりナイスバディになってしまった。
「なんか、どっかで見たような入れ替わり方だな……」
まあ、細かいことはこのさいどうでもいいか。俺は、いきなり外の世界に連れ出されて呆然としているテレーズに、アーサーが話を聞く気になったと伝えた。その間、アンネは以前のようにテレーズにしがみつき、豊かな胸にむぎゅっと顔をうずめていた。
「本当ですか? アーサー様がわたくしの話を……」
テレーズはたちまち笑顔になった。とてもうれしそうだった。
よし、いい雰囲気だ。これなら、あの朴念仁の騎士でも落ちついて話ができるだろう。俺はすぐに左腕の封印を解いた。たちまち、俺は自分の体の自由を失った――アーサーが出てきたことによって。
「アーサー様、またお会いできてうれしいですわ。本当に……」
テレーズはそんな俺を見て、ますます喜んだようだった。
だが――、
「あ、悪魔めが、そ、それがしに何を言うつもりでござ、ござるんるんっ!」
アーサーのほうはやはりめちゃくちゃ緊張しているようだった。なんだその、ルンルンな語尾。
「実はその……わたくしはアーサー様にお伝えしたいことがありまして――」
「そ、それを、それがしが聞けばよいのでござるか?」
「はい。ただそれだけでよいのですが……」
テレーズはふと顔を赤らめ、情熱的なまなざしでこちらを見つめた。もう何を言いたいのか、目を見ればわかる感じだった。
そして、当然のように、そんな目で見つめられてアーサーの動揺っぷりは悪化した。
「そ、そそそそれがしは、悪魔の言葉など、こ、言葉など――」
たちまち顔が熱くなっていく。心臓もバクバクだ。そんなに狼狽して大丈夫か、俺の体。
『おい、お前。話を聞くだけなんだし、もう少しリラックスし――』
「おおおおおっ!」
『はい?』
「そ、それがしは聖騎士アーサー! 悪魔を成敗することこそが、唯一無二の使命であるぞっ!」
と、大音声で叫ぶと、いきなりアーサーは明後日の方向に走りだした。
『ちょ、ちょっと待て!』
さすがにここは止めずにはいられない。また逃げるのかよ、こいつは。
『お前、今日はちゃんと話を聞くって約束だっただろ! 戻れよ!』
体の内側から必死に力を入れて、アーサーの手足の動きを止めながら叫んだ。脳内で。
「と、止めてくれるな、幸人殿……」
『止めるわ、ボケッ! なにが聖騎士だよ! お前どんだけヘタレなんだよ!』
「そ、それがしは、ヘタレではござらぬ!」
『って言いながらまた逃げようとしてるじゃねえか! 脚を止めろ!』
ぐぐぐぐぐっ! 一つの体で、中の人(俺)と外の人(アーサー)の力が激しくせめぎ合う。まるで綱引きだ。
と、そのとき、
「あのー、ちょっといいですか」
アンネが小走りで駆け寄って来た。学校の補助バッグを胸に抱えて。
「実はあたし、こんなこともあろうかと秘密道具をさらに持ってきてるんです。それがあれば、テレーズお姉さまと普通に話ができると思いますよ」
と言って、アンネはあるものをバッグがら取りだした。
それは――茶色い紙袋だった。二か所、小さな穴があいている……。
「これを頭にかぶれば、相手の顔を見ないで話ができますよ」
いやいやいや。それはないわー。俺とアーサーは気持ちを一つにして、首を横に振った。マジでないわー。
「じゃあ、こっちはどうでしょう。じゃじゃーん!」
と、アンネはさらに何かをバッグから出した。それは二つの紙コップだった。それぞれの底には糸が張り付けてあり、つながれている。これはもしや……糸電話?
「これを使えば、少し離れた人とも会話できるんです。この糸を通じて、声が届くんですよー」
いやいやいや。原理はわかるけど、さすがに小学生じゃないんだから、そんなものを使うわけには――。
「なんと! それはとても便利なものであるな」
なんですと? アーサーってば、使う気マンマンでらっしゃる……。
「じゃあ、これのどっちか片方を耳に当てて、そこの茂みの中にでも隠れててください。テレーズお姉さまを連れてきますから」
アンネはいったん糸電話をアーサー(俺)に押し付けると、テレーズのほうに戻って行った。アーサーは言われたとおり、紙コップの片方を右耳に当て、もう一つは近くの地面に放置して、すぐそばにある茂みに隠れた。その心臓がドキドキしているのが伝わって来た。こんな間抜けなシチュエーションでも緊張するのか……。
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