四章 それぞれの仮面、それぞれの本音 その6
「おい、アーサー、まだ俺の中にいるんだろ? 返事しろよ」
むきだしの左手をぺちぺち叩いて話しかけてみたが、やはり反応はない。
「俺、思うんだけどさ、もしかしてお前って、テレーズのこと好きだったりする?」
『……っ!』
瞬間、頭の中に動揺しきったような、息をのむ音が響いた。
「だから、告白されてテンパっちまったんだろ? お前、恋愛とかしたことなさそうだもんな」
返事はない……が、アーサーが俺の話を聞いてるのは明らかだった。
「お前さあ、もう死んで昔の身分に縛られることなくなったんだし、とっととテレーズに自分の気持ちを打ち明けて両想いになっちまえよ。どうせそれが、お前がこの世に残した未練ってやつだろ――」
『ゆ、幸人殿、さっきから何をでたらめを言ってるでござるか!』
さすがに耐え切れなくなったのだろう、ようやく返事が返ってきた。
『そそそそれがしが、あの女悪魔めに懸想するなど、あ、ありえないでござるよ!』
「じゃあ、なんでお前はずっとテレーズを倒せずにいたんだよ? 文武両道で凄腕の聖騎士様だったって自分で言ってただろ」
『それはあの女悪魔めが、それがしに呪いをかけたせいでござる』
「呪い?」
『さよう。それがしがあの女悪魔めを倒そうとすると、いつも決まって、頭痛がしたり、腰痛がしたり、腹痛がしたり、剣がなぜか手からすっぽ抜けたり、つまづいて転んだり……とにかく、謎の厄介事に襲われて、戦えない状態に陥ってしまうのでござる! 幸人殿も二度ほど見たでござろう? それがしが、あの女悪魔に立ち向かったとたん、無様に転倒するさまを』
「そうか。お前いつもテレーズの前じゃああなんだな。それで、テレーズには不運でドジっ子って思われてるのか……って、あれ? テレーズがそう解釈してるってことは、別にお前に呪いをかけたわけじゃないんじゃないか?」
『何を。悪魔の言葉など、しょせん戯言。呪いとしか考えられないでござる』
「いやいや、テレーズがそんな陰湿でしかも微妙な呪いをお前にかけるとは、俺には思えないんだが」
『はっ、幸人殿はあの女悪魔めにたぶらかされているでござるよ』
「つか、今のお前の話によると、呪いってのは全部、お前の体調不良とドジッ子っぷりだけだよな……」
『そういう呪いなのでござろう』
「いや、違うだろ。たぶんそれ、原因はお前自身の中にあるだろ。お前、本心ではテレーズを殺したくなかったんだろ。だから、いざ剣をテレーズに向けた瞬間、体の調子が悪くなったんだよ。誰だって好きな相手を殺したくはないからな――」
『ななななな、何を言うでござるかっ!』
瞬間、アーサーはこの上ないくらい動揺したようだった。いかにも図星をつかれたという感じだ。そうか、やっぱりそうなのか。考えてみれば、俺とずっと過ごしてきたアーサーは、俺なんかよりはるかに運動神経抜群で、俺に出来ないことをあっさりやってのけたりしたんだ。それが、テレーズの前だと急にダメな子になってしまうなんて、変な話ってもんだ。結局、呪いどころか、ただの恋の病だったってわけだ。
「さっきも言ったけどさ、お前はもう死んでるんだし、素直に自分の気持ちと向き合ってもいいと思うぞ? そうしないといつまでたっても天国に行けないだろ」
『つ、罪を認めて懺悔せよと言いたいのでござるか?』
「ちげーよ。お前もテレーズに告白しろって言いたいんだよ」
『何をたわけたことを――』
「お前が言う気がないなら、俺がかわりに伝えてやる。今すぐにな」
すぐにベッドから出て、机の上のスマフォに手を伸ばす――が、そこで、急に強い力に抑えつけられたように体が動かなくなってしまった。
「ぐ……てめえ、いきなり何を――」
『幸人殿、バカな真似はやめるでござる!』
「俺はお前のためを思ってだな――」
『それこそ、余計な御世話というものでござる! それがしは誇り高き聖騎士、アーサー。自分のことは自分でなんとかするでござる!』
「……わかったよ」
と、答えた途端、体が自由になった。俺はやれやれとため息をついて、ベッドのふちに腰かけた。
「もう俺はお前の心の問題については詮索しねえよ。その代り、お前はちゃんとテレーズの話を聞いてやれ。それがあいつの唯一の望みだからな」
『それがしに、悪魔の戯言に耳を貸せと申すのでござるか?』
「そうだ。そうすりゃ、あいつは満足して成仏……消えるんだ。邪悪な悪魔の魂が一つ、この世からなくなるんだぞ。それって、お前にしかできない、悪魔払いの聖騎士としての大事な仕事じゃないか?」
『む……言われてみれば』
「本当に、ただ話を聞くだけでいいんだぞ。別にお前のめんどくさい感情は暴露しなくていいんだ。それぐらいならできるだろ?」
『確かに……』
「よし、決まりだな」
説得完了。相変わらずちょろいやつだ。
「じゃあ、テレーズがまた表に出てきたら、お前はちゃんと話を聞くんだぞ。今度は逃げるんじゃないぞ」
『わ、わかったでござる』
そう答えるアーサーの声は、やはりどこか不安げだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます