四章 それぞれの仮面、それぞれの本音 その5
結局その日は他に何事もなく、普通に授業を終え、普通に帰宅し、普通に床についた俺だった。ただ、ベッドに横になっても昼間の紅葉の言葉が気になってなかなか眠れなかった。あいつ、アーサーの何に気付いてるんだろう? うーん? 色々考えてみたけれど、やはりよくわからなかった。そもそも俺はアーサーという人間にあまり興味を持ったことがなく、身の上話などをちゃんと聞いたことはなかった。
やがて俺はそのまま眠りに落ちた。珍しくアーサーのことを考えていたせいだろう、妙な夢を見た。それは誰かの古い記憶のようだった。
俺は中世ヨーロッパ風のさびれた村にいた。月の明るい、寒い夜だった。俺は五歳くらいの子供で、通りの真ん中にぽつんと立っていた。周りの家屋はめちゃくちゃに壊れていたり、一部が燃えて煙を出していたりした。そして、その炎が、道端や家屋の入口付近などに倒れている村人を照らしていた。彼らはみな血を流し、死んでいるようだった。そんな中、俺は泣きながら父や母を探していた。
だが、やがて俺の前に現れたのは、俺の家族ではなく、人相の悪い男達だった。彼らの服は一様に血で汚れており、その手にはそれぞれ斧や短剣が握られていた。
彼らは俺を一瞥するや否や、俺に何の価値もないと判断したようだった。一人の男がぬっと俺に近づいてきた――血まみれの手斧を携えて。
さすがに俺にもその男がこれから何をするつもりかはわかった。すぐにここから逃げないと……そうは思ったが、恐怖で足がすくんで動けなかった。男がにやりと笑って俺の頭上に斧を振りかざした瞬間、ぎゅっと目をつむることしかできなかった。
だが、男が俺の頭を斧で粉砕する寸前、何かが起こったようだった。どさりと、音がした。はっとして目を開けると、男たちはみなその場に倒れていた。気絶してるようだった。
倒れている男たちのすぐ近くには一人の女が立っていた。ローブをまとい、そのフードを頭にすっぽりかぶっているので、性別以外はよくわからなかったが、彼女が何かをして俺を助けてくれたのは理解した。すぐにそっちに駆け寄った。
彼女は俺が近づくと、ゆっくりとしゃがんで俺の頭を撫でた。暗いので依然として顔は見えなかったが、とてもいいにおいがした。そして、そのまま懐に抱きあげた。その豊かな胸が俺の顔を包んだ。やわらかくて、あたたかかった。
彼女は俺を抱いたまま、近くの馬小屋に行った。そして、一頭の馬を選んで、何やらその耳元にささやいてから、俺を抱いたままひょいとその背中に飛び乗った。何か不思議な力でジャンプしたように見えた。
馬に乗った俺達はそのまま村を出た。街灯一つない、月明かりだけが頼りの山道だったが、馬はどういうわけか何の迷いもなく前に進んだ。やがて、俺は女の胸の中でうとうとと眠ってしまった。次に目を開けた時はもう朝で、知らない村の前にいた。女はすでにおらず、馬だけがいて、朝日の中のんびり草を食んでいた。
夢はそこで終わった。次に俺が目を開けた時、そこはもう現代日本の立川幸人という男子高校生の部屋だった。夜はまだ明けておらず、窓の外は暗かった。
そうか、あれはアーサーの子供の頃の記憶なんだ。おそらく、住んでいた村が山賊に襲われたんだろう。それで謎の女に助けられて、一人生き延びた……謎の女? ふと、その胸のいいにおいとやわらかな感触が思い出された。その感覚には覚えがあった。そう、あの雨の日、テレーズに別れ際にハグされた時のものだ。
つまり、夢で見たあの女はテレーズってことか。顔は見えなかったが、荒くれ者を即座に気絶させる魔法を使っていたし、そうとしか考えられないだろう。あのゲーム屋帰りに紅葉に遭遇した日も同じ要領でチンピラ達を気絶させていたしな。
ってことは、テレーズはアーサーの命の恩人ってことか。やっぱり悪魔どころか天使そのものじゃないか。なんでアーサーってば、こんな天使を倒そうとやっきになっていたんだろう。告白されたとたん、めちゃキョドりだすし、なんなの、あいつ?
いや、まてよ、もしかしてアーサーが動揺してしまったのは、テレーズがそんなふうに善良そのものだからじゃないのか? あいつは悪魔払いの聖騎士だ。おそらく、教会や上司(騎士団長?)から、悪魔は倒すべきものと洗脳に近い教育を受けていただろう。なんせ中世だしな。だから、自分の命の恩人だろうと、美人で善良な女だろうと、それが悪魔なら倒さなくちゃいけなかったんだ。そういう宿命を背負っていたんだ。
でも、それってすごいキツイことだよな。人間としての心、良心ってものが少しでもあるなら、テレーズは殺しちゃダメな存在だってすぐわかるし……あ、そうか、それであいつは、テレーズの告白であんなに動揺してたんだ。
ようやくそこで、俺は紅葉がアーサーの何を察していたのか理解した。
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