四章 それぞれの仮面、それぞれの本音 その2

 すると、ようやく俺の熱意が通じたのか、紅葉はスマフォを取った。そして、こちらをちらっと見つつ、おもむろにポチポチしはじめた。と、同時にマナーモードになっている俺のスマフォがヴィィと大人のおもちゃのように振動しはじめた。電話キター! すぐさまそこから離れ、やつらに声が聞こえないところまで行ってから、電話を取った。


「あ、いつもお世話になってます。鈴木です」


 いかにも、多忙な会社員っぽく電話を取る! 対応する!


「わ。私よ、紅葉。ちょっといいかしら」


 紅葉の声はさすがに緊張してるのかうわずっていた。「なんだ、お前か。この忙しい時に何の用だよ」いかにもそれなりの付き合いがある彼氏のように、気の置けない感じで対応する!


「あ、あの……私の友達があなたのこと紹介してって頼むから――」


 と、そこで、近くの女子の一人が紅葉からスマフォを強奪したようだった。「も、もしもし、こんにちは」若干緊張したような声が聞こえてきた。


「あの、鈴木さん?は、小日向さんとちゃんとお付き合いしてるんですよね?」

「ああ、君はもしかして、紅葉のことを心配してるのかな? 変な男に騙されてないかって。ははは……あ、佐藤さん、お疲れ様でーす」


 いかにもオフィスにいるようにアドリブをいれつつ、仕事のできる男風に話をする俺だった。


「そうだねえ。まあ、社会人として現役女子高生と付き合ってるってのはちょっとまずいかもしれないけど、彼女のことは大事にしてるつもりだよ。将来のこととか、ちゃんと話し合ったりしてるしね。彼女の親御さんも俺のこと認めてくれてるし」

「え、親公認なんですか……」

「未成年の子と交際するなら当然だろう。ハッハッハ」


 常識人! 俺、超絶常識人のオトナですからー、ハハハ。


「まあ、友達なら色々気になるのもわかるよ。ただ、俺今ちょっと忙しくてさ。これから午後のプレゼンの資料用意しなくちゃいけないんだ。悪いんだけど、電話はこれぐらいでいいかな?」

「あ、はい……」

「また何かあったら電話してね。じゃあね」


 ぷちっ。あまり長話するとボロが出てしまうので、早々に通話を終える俺だった。果たしてうまく騙せただろうか。物陰から再びそっと女達の様子をうかがった。すると、すぐに紅葉以外の女子達はその場から去って行ってしまった。みな一様に不満そうな、納得いかなそうな顔をしていた。エア彼氏だと思っていたのにガチ彼氏出現で肩透かしを食らったって感じか。


 俺は彼女達の気配が完全に消えるのを待ってから、紅葉のところに行った。


「危なかったな。お前、俺に感謝しろよ」


 スマフォを掲げて得意顔をしてみる俺だったが、紅葉は俺を一瞥するや否や、ぷいっと不機嫌そうに目を反らしてしまった。


「別に。あんたがどうしても電話して欲しそうだったから、してあげただけだし」

「素直じゃねえな。礼の一つもいえないのかよ。そんなんだから、あんなやつらにお子様扱いされてバカにされるんだろうがよ」

「う、うるさいわね! あんたには関係ないでしょ!」


 紅葉はやはり子供扱いされるのが許せないのか、とたんに顔を真っ赤にした。こういうわかりやすいところもいかにもお子様だな……。


「で、なんであんたがこんなところにいるわけ?」

「お前を探してたんだよ。テレーズの様子はどうかなって思ってさ」

「それだったら、昨日と何も変わらないわ。テレーズってば、私が話しかけても何も反応ないし、眼帯外しても表に出てこないし……ほら」


 と、紅葉は右目の眼帯を無造作に取った。いつもならすぐにテレーズが表に出てスタイルが変わるはずだが、今はそのままだった。ただつぶらな少女の二つの瞳が明らかになっただけだった。


「へえ……眼帯取ったらそんな感じなんだ」


 ふと、俺は紅葉に顔を近づけた。眼帯美少女がただの美少女になってやがる。どっちにしろ美少女だが……なんだか新鮮だった。


「な、何よ、急に! 気持ち悪いんだけど!」


 紅葉はとたんに顔を赤くして後ずさりしてしまった。なんだこいつ、恋愛経験豊富って言ってるくせに、男に間近で見られただけでこの反応なのかよ。ウブすぎるだろ……。


「お前さあ、社会人の彼氏がいるとか、嘘言うの、そろそろやめた方がいいと思うぜ」


 さすがに忠告せずにはいられない。


「嘘じゃなもん。ほんとにいるもん」

「お前の脳内に?」

「ちゃ、ちゃんと実在するんだもん!」

「じゃあ、なんでさっき電話しなかったんだよ。俺なんかじゃなく、本物の彼氏に電話すればよかっただろうがよ」

「だから、番号覚えてなかっただけなんだもん! 友達とかの番号って普通電話機に登録して短縮でかけるもんでしょ! それぐらい察しなさいよ、バカじゃないの!」

「あー、ハイハイ。俺がバカでした」


 苦笑いせずにはいられない。愛しの彼氏の番号も覚えてない設定とはね。ちょとガバガバすぎんよ、紅葉さんよ。


「じゃあ、本当にお前は恋愛のプロだと言っていいわけだな?」

「プロってほどじゃないけど、あんたなんかよりはずっと色々知ってるはずよ」

「へえ……じゃあ、ここで突然ですが恋愛クイズです、小日向さん」

「な、何よまた、急に――」

「言葉の最後に『チオ』とつく、アダルト用語を三つ言ってください」

「最後にチオ? なにそれ……」

「経験豊富なオトナの女性なら常識ですよ? 回答は三十秒以内でお願いしまーす」

「え? いや、あの、その――」


 紅葉はとたんに口をぱくぱくさせて、視線を泳がせ始めた。そして、ややあって、うつむいて、ものすごく小さな、蚊の鳴くような声で「フェ……フェラ……」とだけ言った。

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