四章 それぞれの仮面、それぞれの本音 その1

 それから一晩経って、翌日になっても、アーサーはやはり引きこもりモードのようだった。まさかこのままずっと消えたままなんだろうか。まあ、それはそれで悪いことではないような。除霊に成功したのと同じだし。とりあえず、深く考えずにそのまま学校に行った。念のため左手の封印の包帯は巻いておいて。


 昼休みになると、俺は一人教室を出て、紅葉のクラスに向かった。テレーズの様子を一応確認しておこうと思ったのだ。あと、ちょっとした野暮用もな。


 だが、紅葉は自分の教室にいなかった。ちょうど近くに初音が歩いてきたので、どこに行ったのか尋ねると、数人の女子と一緒に中庭の方に行くところを見たらしい。なんだろう。みんなで楽しく弁当でも食べてるのだろうか。俺もそのまますぐに中庭の方に向かった。


 しかし、現場に行ってみると、仲良くお弁当どころではない雰囲気のようだった。紅葉と女子達は中庭の隅っこ、人気のない校舎の陰にいたが、紅葉が校舎の壁に背中をくっつけて、その周りを女子達が囲んでいる形だった。少し離れた茂みの中からうかがう限り、彼女達の表情はすこぶる険呑で、紅葉も顔をひきつらせているようだ。何か責められているようだ。


「あんたさあ、彼氏いるってよく話してるけどさあ、この際だから、私たちにも紹介してくれない?」


 女子の一人がふとスマフォをポケットから出して、紅葉に差しだした。


「今ここで電話してよ、あんたの彼氏に」

「え――」


 紅葉はいっそう表情を固くして、ややあって「む、無理よ」と首を振った。


「だって、今仕事中だもん。仕事中に電話するなって、いつも言われて――」

「何言ってんの。今はどこの会社も大体昼休みでしょ。電話できるでしょ」

「い、いや、私の彼、忙しい人だから。昼休みも仕事してることあるから」

「ふうん。そんな忙しい人が、女子高生と付き合っちゃうんだ。へえ」

「どこで出会ったのかねえ」


 周りの女子達は紅葉の困窮している顔を見て、一様ににやにや笑っている。


 そうか、あいつ、嘘の彼氏自慢してたせいでつるしあげされてるのか。まあ、無理もないか。あいつ、ただでさえ容姿がよくて、同性から嫌われそうなタイプだしな。それが俺でもすぐわかったレベルの嘘の彼氏自慢しまくってるんだ。さすがにいらっと来て、シメたくなる他の女どもの気持ちもわかる。たとえ嘘じゃなかったとしても、リア充爆発しろ、で、むかつくしなー。


「早く電話しなさいよ」

「い、いやあの、私、自分のスマフォに番号登録してるから……覚えてなくて」

「自分のスマフォ? あんたそんなの持ってたんだ。へえ?」

「一度だって学校で使ってるところ、見たことないよねえ?」

「ねえ?」


 女子達はさらににやにや笑い始めた。「が、学校にスマフォ持ってこない主義なの、私は!」紅葉は必死に反論する。


 なるほど。あいつ、スマフォ持ってないらしいな。それなのに、持ってると周りに嘘ついてたらしいな。さすがにすぐに状況は理解できた。彼氏のことだけじゃなく、スマフォのことまで周りに嘘ついてたのか。そりゃ、ますますいかんなあ、紅葉さんよお。


「あんたさあ、そんな見え見えの嘘ついて恥ずかしくないの?」


 女子の一人が半ば呆れたようにつぶやく。実にもっともな台詞だ。俺もおおいに同感だ! 茂みの陰でうなずいた。


「そうそう。ブスのくせに生意気なんだよ」

「そんなガキくせえ体で男できるわけねえだろうが」


 女達はげらげら笑い始めた。なんだ? まっとうな教育的指導から一変して、ただネチネチと悪口を言うだけになって来たぞ。なんかちょっと見てて胸糞悪いんですけど……。


「ば、ばかにしないで! 私、あんた達よりずっと大人なんだから!」


 紅葉は顔を真っ赤にして涙目になっている。ガキ臭い体と言われたのがよっぽどこたえたんだろう。そういえば、小さい胸をめちゃくちゃ気にしてたっけ。


「へえ、じゃあ、大人の小日向さんの自慢の彼氏を私達に紹介してみせてよ」

「頑張って番号思い出してさあ」


 女子達は再びスマフォを紅葉に差しだす。スマフォじゃない棒状の何かならわりと好みのシチュエーションなんだが、そうじゃないしなあ。一応、俺、紅葉とは知り合いだしなあ。うーん……。少し迷ったが、結局助けてやることにした。話があるしな。


 俺はさっそく茂みから出て、紅葉の視界に入るようにした。そして、ポケットからスマフォを出し、手で大きく振った。ここは俺に電話をかけなさいよ、というアピールのつもりだった。あいつ、俺の番号知ってるはずだしな。


 だが、紅葉は俺に気付いたようではあったが、目の前のスマフォを取ろうとしなかった。もしやあいつ、俺の番号覚えてない? そんな馬鹿な。俺の番号は下四桁が0721で、超絶覚えやすいんだぞ? 契約する時に店員が候補としていくつか持ってきた番号の中の一つだったが、即決だったんぞ! 親父も「ゴッドな番号だな!」と親指立てて上機嫌だったんだぞ! そんな神電話番号を覚えてらっしゃらないとは……。ぐぬぬ。これだから下ネタにうといクソ生娘は!


 そこで俺は口パクで数字を言いつつ、同時にジェスチャーで数字を表現することにした。最初の080は楽勝だったし、その後の三ケタも難易度は高くなかったが、やはり0721の7はちょっと苦しかった。それでも一生懸命口を動かし、体をくねらせ、数字を表現して紅葉に見せつけた。さあ、俺の番号はこうですよ! レッツ、コールミー、0721!

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