三章 霊媒師アンネ その6

「へ、変ですね? お婆ちゃんのお札が効かないなんて……」


 アンネはひたすら困惑しているようだ。「他の方法はどうでしょう」テレーズは積極的に提案した。


「じゃあ、破魔の呪文を――」


 アンネは修験者のように両手の指を複雑に絡めると、目を閉じ、眉間にしわを寄せて何かゴニョゴニョとつぶやきはじめた。


「のうまくさんまんだ……りんぴょうとうしゃ……」


 なんかそれっぽい単語が聞こえる――が、少しすると、それは「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ」になり、あげくに「えろいむえっさいむぅー」になった。破魔の呪文とは一体。むしろ悪魔召喚してるじゃねえか。


 当然、そんなデタラメな呪文で何か起きる筈もなく――。


「な、なんでお二人とも成仏してくれないんですか……」


 アンネはすっかり涙目になって途方に暮れてしまったようだった。地面にへたりこんでしまった。


「あたし、精一杯がんばったのに……」


 いや、アンタ、ばあちゃんからもらったアイテム使って、あとは適当な呪文唱えただけじゃん。霊媒師として何の力も発揮してない……。


「そんなに気を落とさないでください。アンネ様は十分にやってくださってますわ」


 と、テレーズはふとそんなアンネの前にかがみこみ、うなじをやさしく撫でた。


「きっと、まだ試してないだけで、何か他に方法が……」

「あ、わかりました! お二人とも外国人なんだし、英語で呪文を唱えればきっと――」


 アンネはすっと立ち上がり、片手を前に突き出し、それっぽいポーズを決めて叫んだ。「ゴートゥーヘブン!」が、やはりそれで何か起きる筈もなかった……。


「なんでですか、あたし、ちゃんと英語で呪文唱えたのに……」


 いや、かろうじて英語なだけで、呪文でもなんでもないだろ。


「そうですわね。少し発音が正しくなかったような気がしますわ」

「本当ですか? どう言えばいいんですか、テレーズさん?」

「Go to heaven.ですわ」

「え? ヘェァブン?」

「おしいですわ。日本語のカタカナのブではなくて、軽く下唇を噛んでヴです」

「下唇を噛んで、ヘェァブ、ヴ……いだっ!」


 アンネはそこで思いっきり下唇を噛んでしまったようだった。


「まあ、大変。大丈夫ですか?」


 テレーズはいっそうアンネに近づき、その下唇ににじんだ血を指でなぞり、「申し訳ありません、わたくしが余計なことを言ったばかりに」と言うと、その血のついた指を軽く舐めた。なんだか妙にいやらしい仕草だった。


「わたくしたちのために無理をなさらないでください。まずは、できることから少しずつ試して行きましょう」

「テ、テレーズさん……」


 アンネはテレーズの優しさにすっかり感激したようだった。うるうると目に涙を浮かべたまま、テレーズに抱きつき、その豊かな胸に顔をうずめた。


「あ、あたし、なんでこんなにダメな子なんでしょう。昔からなんです。何をやっても全然ダメで……。プールは二十五メートル泳げないし、掛け算の七の段から上はよくわからないし、自転車は補助輪なしじゃ乗れないし……」


 何だこの低スペック女子。ポンコツすぎるだろ……。


「何かができる、できないというだけで人の価値は決まるものではないですわ。アンネ様はひたむきでまっすぐなお心をお持ちです。それはとても素晴らしいことだと思いますわ」


 そうかなあ? 最初はお婆ちゃんからもらったお札でインスタント解決しようとしてたぞ? それって「ひたむき」だと言えるかあ? めちゃ他力本願……。


「テレーズさん……いや、テレーズお姉さまのお体、とてもあたたかくて気持ちいい……。少しの間、こうしててもいいですか?」

「ええ、かまいませんわ」


 え、いいのかよ。スタイル変わってるとはいえ、一応は紅葉の体なのに許可出しちゃうのかよ。


 つか、そもそもなんだこの百合百合しい光景。さっきまで俺達はただお祓いをしてただけじゃなかったか。それなのに気がつけば、目の前では、サイズの合ってないピチピチの女子高生の制服を着たグラマラスな女が、巨乳の少女を抱きしめている。その女の豊かな胸に半ば埋没した少女の顔は恍惚の表情を浮かべている……。なんなんだよ。ちょっとそこのポンコツ霊媒師、俺と変われよ、クソが。再び、いらいら、むらむらしてくる。


「ゆ、幸人殿、こういうとき、それがしは何をすればいいのでござろうか?」


 アーサーもひたすら戸惑っているようだった。『笑えばいいと思うよ』超適当に答えた。

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