三章 霊媒師アンネ その5

「まあ、つまり、俺達はそれぞれ幽霊にとりつかれててだな――」


 かくかくしかじか。俺とアーサーが今までどう過ごしてきたか、アーサーとテレーズとの関係など、アンネに詳しく話した。


「なるほど。悪い霊ではないんですね。でも、どちらも成仏したがってると」

「そうだな。だから、君の力を借りたいってわけだ」

「わかりました。じゃあ、さっそく、包帯と眼帯を取ってもらえますか。霊と直接コンタクトを取ります」

「ああ……」


 俺と紅葉は言われるがまま、それぞれの封印を解除した――ら、


「この女悪魔め! ここで会ったが六百年目!」


 当然のようにアーサーは目の前のテレーズを見て暴れ出し、


「ぐわああっ!」


 お約束のように脚をもつれさせて、前のめりに倒れてしまった。何なんだよ、こいつ。人の話聞いてなかったのかよ。つか、痛いし。


『おい、少しは落ち着け。聖騎士ごっこはもういいんだよ』

「し、しかし、目の前に我が積年の怨敵が現れては……」

『いいから! お前達が生きてた時代とはもう違うんだよ! 悪魔とか聖騎士とかもう時代遅れなんだ! そもそもお前もう死んでるんだし、この世界じゃいらない子なんだよ!』

「え、それがし、不要の存在でござるか……」


 ガーン!と、アーサーは突如深い絶望に襲われたようだった。その衝撃が俺にも伝わって来た。しまった、正論とはいえ、ストレートに言いすぎたぜ。


「アーサー様、そんなことおっしゃらないで。わたくしは貴方様に再会できてとてもうれしいですわ」


 と、そんなアーサーにテレーズがささやいた。倒れた姿勢のままうつむいていたアーサーは、はっとしたように顔を上げた。すると、そこには菩薩のように優しく微笑むテレーズの姿があった。(紅葉の制服を着ているので、当然胸とか腰とかパツンパツンだ!)彼女はアーサーと目が合うと、いっそう目を細めて、こちらに手を差し伸べてきた。


 普通ならそれを迷わず取るところだろうが、


「な、なにを世迷言を――」


 アーサーはぎょっとしたようにのけぞり、そのまま後ずさりしてしまった。また何なんだよ、こいつ。さっきから言動おかしすぎるだろ。つか、制服であまり地面を這うな。汚れるだろ。


「あの、そろそろお祓いを始めてもいいですか……」


 アンネがおろおろしながら、そんな二人の間に割って入って来た。


「そうですわね。今は再会を懐かしんでいる場合ではありませんでした」


 テレーズはベンチの端に座りなおした。アーサーもさすがに空気を読んで、立ちあがって同じようにベンチに腰掛けた。テレーズとはすごく離れた、反対側の端だけれども。


『いいか、もうテレーズが悪魔だってことは忘れろ。お前たちはもう死んで、ただの幽霊になってるんだからな。お前自身も似たようなもんなんだよ』

「わ、わかったでござる……」


 そう答えたものの、アーサーはやはりテレーズを強く意識しているようだった。何度もそっちをチラチラ見ている。


「では、お祓いを始めたいと思います……けど、お二人とも、本当にこのまま成仏していいんですよね?」

「はい」


 テレーズは即答だった。アーサーも少し遅れて、「も、もちろんでござる!」と言った。その声は裏返っていた。


「じゃあ、さっそくいきますよ……」


 アンネは制服のポケットからお札の束を出し、それを一枚ずつアーサーとテレーズの額に貼り付けた。(両面テープでもついてるのか?)そして、「えい!」という掛け声とともに何か気合を入れたようだった。


 たちまちお札は強く光り、それとともに二人の迷える魂は天上へといざなわれ……れ? あれ? 特に何も変化はなかったようだった。アーサーもテレーズも俺達の体にとりついたままだ。

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