三章 霊媒師アンネ その4

「ちょ、お前、何やって――」

「これは私達上級生の間で今流行ってるのよ。そうだったわよね、立川君?」


 紅葉のその声音には反論を許さない、謎の威圧感があった。「そ、そうだったかな……」思わずうなずいてしまった。


「え、そうなんですか? 先輩達はこれみんなやってるんですか?」

「そうよ」

「でも、なんで胸を触るのが挨拶なんですか?」

「それは……」


 揉み揉み紅葉はそこで俺に振り返った。その目は俺に続きを言えと語っていた。


「ま、まあ、つまり、胸というのは心臓に最も近い部分だ。そこを相手に触れさせることで自分に敵意がないとアピールするってことだよ」


 紅葉の視線に圧倒され、とっさに適当なことを言っちゃう俺だった。


「そうなんですか……なるほど」


 しかしなぜか、その適当な説明で納得したらしいアンネだった。何なんだろうこの子、もしかしてかなりのアホなのか?


「わかりました、先輩! 思う存分やっちゃってください!」

「ええ」


 もみもみ。もにゅもにゅ。紅葉はそのままアンネの巨乳を揉み続けた。真顔で。いささか乱暴な感じで。


「あ……せんぱ……そんなに強くしちゃだ……めですぅ……」


 アンネはだんだん顔を赤らめ、身もだえし始めた。何だこの光景。俺はこれを見て何を感じればいいんだ……。


「と、ところで、先輩は立川先輩の彼女さんなんですか?」

「そんなわけないでしょ!」


 もにゅ! とたんに紅葉は巨乳をいっそう強く揉みしだいた。「ああっ!」その感触にアンネは変な声を出した。なんだこの乳トーク。だんだん俺も熱くなってくるじゃあないか……。


「幽霊のことで私もあなたに相談したいことがあるからついてきたの。ただそれだけよ。変な勘違いしないで」

「そ、そうだったんですか。先輩も幽霊に取りつかれて?」

「ええ。この眼帯の下にね」

「そういえば、先輩の手を通して霊の気配みたいなものが伝わって……あ、そんなとこ指でいじっちゃ……か、感じます……霊の波動を……」


 アンネは明らかに霊以外の何かも感じている。ちょっとその役目、俺に変われ、紅葉。次第にいらいらとむらむらが募ってくる。


 やがて気が済んだのか、紅葉はアンネから離れた。なんだったんだ、今のは……。と、呆然としていると、紅葉は今度は俺のところまで来て、小声で耳打ちしてきた。


「あんた、今のどう思う?」

「え、そりゃ、眼福……じゃなかった、けしからんだろ、色々と。お前、初対面の相手にいきなり何やってんだよ」


 俺も小声で、ついでにアンネに背を向けて、あっちには聞こえないようにして答えた。


「私のことはどうでもいいの。それより、あの子の胸よ。おかしくない?」

「まあ、おかしいよな。無駄にでかいし……」

「でしょ? あの子、私達より年下なのよ。下級生なのよ。それなのに、あんなに大きくて……絶対変よ。ありえないわよ」


 紅葉はふと自分の小ぶりな胸に視線を落とし、忌々しげに下唇を噛んでつぶやいた。何だこいつ?


「もしかしてお前、あの巨乳に何か仕掛けがあるのかと思ったのか? それで、強引にボディーチェックしたのか?」

「ま、まあ、そういうことなんだけど……」


 紅葉は今度は自分の手のひらをじっと見つめつつ、その手で空気を揉んだ。まるでさっきの感触を思い出すかのように。


「で、どうだったんだ? 上げ底だったりしたのか?」

「それは……ちゃんとお肉の感触だったわよ」

「じゃあ、あの胸は天然ものか。よかったじゃねえか、ちゃんと確認できて」

「よくないわよ!」


 紅葉はなんだかとてもいらいらしている様子だ。もしやこいつ、自分が貧乳で、年下の女が巨乳という現実にむかついているのか? あのアンネの胸に嫉妬してるのか? だからいきなりあんな無礼極まりないことをして……とたんに、俺は笑ってしまった。こいつ、自制心とか理性とかないのかよ。気持ちはわかるがそこはおさえろよ。お子様メンタルすぎるだろうがよ。


「何笑ってんのよ!」

「いや別に。世界は不平等だってことをしみじみ感じていただけだ」


 紅葉の小さな胸をじーっと見つめて、にやっと笑った。すると、俺の考えてることを察したのだろう、鬼のような形相でにらまれた。おお、怖い……。


「あのー、そろそろ霊のお話を……」


 と、アンネがこっちに近づいてきた。そうだな、今は紅葉のくだらない嫉妬に付き合ってる場合じゃねえ。あわてて、アンネのほうに向きなおった。紅葉もすぐに空気を読んで俺と同様に振り向いた。いかにも平静を装って。

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