二章 アーサーとテレーズ その6
それから俺も家に帰り、左手の封印を解いて、アーサーにテレーズと色々話したことを伝えた。
「あんな悪魔めと口を利くとは……けしからんですぞ、幸人殿!」
『いや、そんなに悪いやつじゃなさそうだったんだが』
金髪碧眼になってすっかり俺の体を自分のものにしてるアーサーに、俺は脳内から話しかける。傍目には変な口調の外人が独り言を言っているようにしか見えないはずだ。まあ、ここは俺の部屋だし、今は一人だし。
『昔お前に殺されたことも、全然恨みに思ってないってさ。菩薩かよ』
「ふふん。それがしの圧倒的な破邪の力に、観念しただけでござろう」
『そ、そうか……?』
あのズッコケバトルのどこに圧倒的な破邪の力があったんだ。
『それで、あいつはもう幽霊だし、ずっと紅葉に取りついてるのも悪いから、成仏したいってさ。お前はどうだ? 成仏とか輪廻転生とか、そっち方面、興味あるか?』
「それはすなわち、それがしにこの体を出て行けという事でござるか?」
『まあ……俺としてはそのほうが助かる――』
「ゆ、幸人殿! それはあんまりでござる! 悲しいでござる!」
どんっ! アーサーは思いっきり拳(俺の)を机に打ち付けた。い、痛いでござる……。
『いや、俺だってお前と別れるのは寂しくないわけじゃないぞ。お前とは今まで色々あったしな……』
そう、よく思い出してみれば、一番最初は俺が階段から落ちて大けがをするところを助けてくれたのだ、こいつは。それから、俺達はまさに一心同体で兄弟のように過ごしてきた。正直、鬱陶しいと感じる時間は多かったが、それでも時には俺を助けてくれたりしたのだ。
『俺が自転車に乗れないで苦労してる時、お前は俺の体ですぐにコツをつかんで、やり方を教えてくれたよな』
「ああ、そんなこともあったでござるな……」
『道でお菓子をカラスに強奪された時も、すかさず俺の体を使って取り返してくれたよな。あの時は本当に助かったぜ』
「なんの、あれしきのこと」
『英語のテストは、毎回お前のおかげでほぼ満点だしな。まあ、文法が古すぎるって、先生に言われたことはあるけど……』
「幸人殿も少しは自分で勉強するでござるよ」
ふふっ、とアーサーの口から息が漏れた。笑ったようだった。
『でもな、やっぱお前はもう死んでるわけだし、この世にずっととどまってるってのも不自然だと思うんだ。そろそろ天国に行ってもいいんじゃないか? お前の信じてた神様は、死者にたいして、ちゃんとそういう場所を用意してくれてるんだろ?』
「天国でござるか……」
ふむ、と、アーサーは小首を傾げた。一瞬、そのお堅い心が動く音が聞こえたような気がした。なるほど、こういう宗教チックな話には弱いのか、こいつは。
『お前、生前は神様のためにそれはもう頑張ってたんだろ? 聖騎士様だもんな』
「もちろんでござるよ。かつてのそれがしは文武両道、品行方正、質実剛健、容姿端麗、まさに騎士の鑑であった」
『ま、まあ、お前のその超スペックはどうでもいいとして、そんな善良なお前の魂なら、天国でも超優遇されるはずだろ、間違いなく』
「優遇でござるか……」
『そうだよ! お前、天国に行ったら、神様に表彰されるかもしれないぞ!』
「そ、そうでござろうか。大いなる主がそれがしを褒めたたえる……」
『絶対、俺の体で不自由してるよりも快適だぞ。お前、天国に行ったら、みんなから持ち上げられてウハウハだぞ』
「なるほど……それはなかなか……よい話でござるな……」
アーサーはもう完全に俺に攻略されてしまったようだった。
「わかったでござる、幸人殿。それがし、これから天国に行けるよう精進するでござる!」
『おう、俺も応援するぜ!』
しめしめ、これでようやく普通の体に戻れるぞ。ほっとする思いだった。そりゃ、アーサーのことは兄弟のように思っていたところもあるが、やっぱり自分の体は自分だけのものでありたい俺だった。天国なんて本当にあるとは俺には思えないが、それを信じて成仏できれば、アーサーにとってもいいことだろうしな。
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