二章 アーサーとテレーズ その4

「ま、そうだよな。高校生にもなってそれはないよな」


 ははは。俺は軽く笑って、店長から受け取った金と会員カードを財布にしまうと、店を出ようと入口の方に向かった。


 だが、そこで「待って」と紅葉に声をかけられた。


「あんた、今日傘持ってきてるわよね?」

「ああ、来る時降ってたしな」

「そ、そう……じゃあ、せっかくだし、私にも使わせてもらおうかしら」

「なに? お前、傘持ってないの? だから俺に送れってこと? 相傘で?」

「そうよ。別にいいでしょ、それぐらい」

「いやあ。お前なんかと一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしいしぃ……」


 伝説のギャルゲーの攻略激ムズヒロインのようにシナを作って断ってみたが、紅葉は「いいから、この間のこと悪かったと思ってるなら、今日は私の言うこと聞きなさいよ!」と、強引だった。結局、俺は店の裏口で、紅葉が仕事を終えて出てくるまで待つことになった。


 元々閉店間際の時刻だったため、すぐに紅葉は出てきた。学校帰りにそのまま寄ったのだろうか、制服姿だった。


 俺達はそのまま並んで夜の街を歩いた。雨脚は穏やかで、少し肌寒いくらいで、無理して傘をさす必要もなさそうな夜だった。時折、俺達の歩いている歩道のそばを車が通り過ぎて行き、そのタイヤが水たまりをはねる音が響いた。


 紅葉はやはり俺を嫌っているのか、相傘しつつもあまり俺に近づいては来ず、最低限の会話、すなわち自分の家の方向を説明した以外は何かを話そうともしなかった。


「なあ、お前の眼帯ってさ……」


 さすがにずっと無言は気まずいので、適当に話しかけた。


「やっぱあのテレーズとかいう悪魔を封印するためのものなのか? 俺の左手のお札みたいに」

「別に。これはどこでも買える普通の眼帯よ」


 紅葉は不機嫌そうに答えた。


「特別な封印はなしってことか。それで大丈夫なのか?」

「あんた達はどうだか知らないけど、私とテレーズの関係は良好そのものなの。テレーズは私が自分の意志でこの眼帯を外さない限り表には出てこないわ」

「そうですか……」


 いいなあ。うちのアーサーと違って、聞きわけがいいみたいで。


「じゃあ、特に不便はないってことか」

「そうね。この間みたいに、変な連中に絡まれた時なんか、頼りになるし」

「でも、あんな派手なことをして騒ぎにならないか? やってること現代の魔女だぞ」

「テレーズは軽い忘却魔法も使えるのよ。あの日出くわしたチンピラ達も、もう私達のことなんて覚えてないんだから」

「べ、便利だな、魔法って」


 いいなあ。超うらやましいなあ。なんで俺の体には便利な魔法が使える悪魔じゃなくて、猪突猛進なござる騎士が憑依してるんだろう。


「でも、俺達、謎の霊にとりつかれてることには違いないよな? このままでいいんだろうか?」

「なに? まさか一緒にお祓いしようって言いたいの?」

「まあ……普通の体に戻った方がいいような気もするし」


 中二病キャラってけっこう疲れるし。おかげで俺、リアルじゃ初音以外友達いないし。


「やっぱ、霊なんだからちゃんと供養して成仏させてあげた方が――」

「別にこのままでいいでしょ。今までだって何も問題なかったんだし」

「いや、もしかしたら霊にとりつかれてるせいで、俺達の寿命がガリガリ削られてるかも知れんぞ?」

「そ、そんなこと、あるわけないでしょ!」


 紅葉はぎょっとしたように叫んだ。


 と、そのとき、また遠くからゴロゴロと雷鳴が響いた。


「きゃっ!」


 とたんに紅葉は腹を両手で押さえて、その場にしゃがみこんでしまった。


「お前、何してんの?」

「何って、バカね! 雷様が鳴ったらおへそを――」


 と、紅葉はそこまで言いかけて、はっとしたように口をつぐんで下を向いた。


「ま、またちょっとびっくりしただけ!」言い訳のように言う。


「なあ、お前やっぱり、雷が怖いんじゃ……」

「わけないでしょ! 子供じゃないんだから!」


 紅葉のその声は震えていた。やっぱり雷が怖いんだろ、こいつ……。俺は吹き出しながら、手を差し伸べた。紅葉は少しためらいつつも、やがて俺の手をつかんだ。その小さな手も声と同じように震えていた。


 と、そこでまた雷鳴が響いた。今度は近くに落ちたのだろう、ひときわ大きな音で、空にも閃光が走った。


「いやあっ!」


 紅葉はまたしても悲鳴を上げ、その場にへたりこんでしまった。


「やだ、やだ……何なの、今日に限って……」


 紅葉は今にも泣き出しそうな声だ。その肩は震えている。


「そんな怖がらなくても。雷なんて人間にはめったに落ちねえよ」

「めったにって、落ちることもあるってことじゃない!」

「まあ、ごくたまには――」

「やだやだやだ! そんなこと言っちゃやだ! 雷様、こっち来ないでよう!」


 よほどびびっているのだろう、紅葉はもう泣きじゃくって半狂乱だ。「落ちつけよ」その背中をさすってなだめてみたが、しゃがんでうつむいたまま頭を横に振るばかりだった。さすがに見ちゃいられない感じだ。


「あー、もう! 怖いならこうすりゃいいだろうが!」


 俺はすかさず紅葉の前に回り込み、その右目の眼帯を強引にはぎとった。


「あ……」


 とたんに紅葉は驚いた顔を見せたが、それも一瞬だった。次の瞬間には、紅葉はナイスバディの美女、テレーズになっていた。

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