二章 アーサーとテレーズ その3

「バカってなんだよ。俺はただ言葉の意味を正しく説明――」

「そんな汚いこと、エッチの時にするわけないでしょ!」

「え、汚いって……」

「どうせ今、あんたが考えたことなんでしょ。変態の童貞の思いつきそうなことだわ」

「いや、わりと一般的な行為なんだが……」

「童貞のくせに何わかったふうなこと言ってるの。そんなのウソに決まってるわよ。どうせでたらめを言って、私をからかうつもりだったんでしょ。アテが外れたわね。誰がそんな話信じるもんですか」

「そ、そうですか……」


 おかしい。こいつ、単に言葉の意味を知らないってレベルじゃねえ。行為そのものを知らないみたいだ。


「お前、今までどんだけ綺麗なセックスしてんだよ。ぺろぺろぐらいするだろ」

「変態のあんたの妄想を私に押し付けないでくれる」

「じゃあ、聞くが、今まで何人ぐらいとしたことあるの?」

「え――りょ、両手の指で数えられるぐらい、かしら?」


 紅葉は目を泳がせながら、いかにも適当な感じで言う。「そんだけ経験あるんなら、一人ぐらいはぺろぺろしてきただろ?」すかさずツッコミを入れたが、「しないわよ!」と、声高に否定された。なんだかむきになってるようだ。


「そ、そんなことより、この店に来た目的を言いなさいよ。もうすぐ閉店時間なんだから」

「ああ、そうだったな。ゲーム売りに来たんだった」


 露骨に話題を切り替える紅葉に笑いをこらえつつ、俺はバッグの中から、ゲームソフトのいくつかを出してカウンターに並べた。わりと最近のゲームばかりなので、全部で一万円くらいになるはずだ。


 だが、手もとの書類を見ながら紅葉が出した買い取り合計金額な七千円ちょっとだった。安い……。


「ちょ、なんか安くね? お前、俺へのヘイト溜めすぎで公私混同してね?」

「あってるわよ、これで」


 紅葉は具体的にどれがいくらかと、細かく説明し始めた。それを聞くと、一番高額で買い取られるはずの、二週間前に発売されたばかりのロープレ(人気シリーズ)が、レジのすぐ横に貼られている「高額買取リスト」の値段より二千円ほど安くなっていた。


「え、これちょっと詐欺じゃね――」

「いやあ、悪いね。このリストはあくまで一週間前に作ったものだから。買い取り価格は毎日変動するものだから」


 と、店長がこっちに来ながら説明し始めた。


「このソフト、ユーザーの評判が悪くてね。中古の戻り……つまり、売りに来るお客さんがここ最近すごく多いんだよ。だから、在庫がダブついちゃってて、買い取り価格も下げざるを得ないんだ」

「評判悪いって、ヒロインがシナリオ中盤で中古だって判明するアレですか?」

「そうそう。あれはちょっと誰得なイベントだよね……」


 店長もプレイしていたのだろうか。憂鬱そうに重く息を吐いた。そういえば、ネットでも公式掲示板が派手に炎上してたような。俺はロープレとしてバトルと収集がさくっと楽しめればいいかとあまり気にしてなかったんだが。


「ヒロインが中古って何よ……」


 と、紅葉が話に入って来た。若干、顔をひきつらせながら。


「そりゃもちろん、ヒロインのこの子が、主人公以外の他の男に告白したって過去があるってことだよ」


 と、店長はそのゲームのパッケージに描かれているピンク髪の美少女を指差した。


「まあ、恋人として付き合ってる事実はなかったわけだけども、主人公以外に惚れてる相手がいたってのはちょっとないよねえ」

「ですねえ。体は無事でも心はすでに貫通済みかよっていう」

「二次元なんだから、もうちょっと男性ユーザーへの配慮をねえ」

「いや、これ、フルポリゴンのゲームでしょ。二次元じゃなくて三次元ですよ、店長」


 と、紅葉が再び話に入って来たとたん、「二次元だよ。キャラの立ち絵とかさあ!」店長が声高に叫んだ。


「ゲームってのはドリームなんだよ、小日向君。現実では到底ありえないことを体験できる世界なんだよ。普通に考えたらわかるだろう。こんな可愛い子が、主人公に出会うまで恋愛経験ゼロとかありえない!」

「でも、それが二次元だとスタンダードなんですよね」

「だよねー。リアリティなんて糞食らえなんだよねー」


 俺と店長はにっこり笑って、親指を立てた。話のわかる男だ。


「まあ、そういうわけで、買い取り価格は安くなってしまうわけだけども、いいかな?」

「はい、いいです。それで」


 実際バトルと収集要素も微妙ですぐ飽きたしな。そのまま最初に紅葉が出した価格で買い取ってもらうことにして、手続きをした。


 と、そこで、窓の外から、ゴロゴロと雷の鳴る音がした。


「きゃっ……」


 とっさに、紅葉はカウンターの下にしゃがみこんでしまった。なんだこいつ?


「お前、まさか雷が怖い――」

「わけないでしょ! ちょっとびっくりしただけよ!」


 紅葉は立ち上がりながら、早口で言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る