二章 アーサーとテレーズ その2
紅葉のモロなアレを見てしまった後も、俺の学園生活は特に変わらなかった。紅葉とはクラスが違うし、顔を合わせることは普通ないわけだし。
ただ、あの日から三日後、廊下でたまたますれ違ったことがあった。俺は一応謝ったほうがいいかと「おい」と声をかけたが、鬼のような形相でにらまれたのち、無言でスルーされた。
なんだよ。ヤリマンビッチのくせに、恥部を見られたぐらいであそこまでキレなくても……。俺もむっとしてしまい、もうあの女に関わるのはやめようと固く決意した。頭の中でアーサーがまた、悪魔がどうのと、うるさく言ってきたが聞かなかったことにして。
そして、それからまた数日後、俺の金欠はついにピークを迎え、あのゲーム屋にゲームのいくつかを売りに行く羽目になった。
時刻は午後9時半。すっかり夜な上に、雨が降っていた。店の閉店時間は夜十時だ。傘をさし、早足で向かった。
閉店間際なせいか、店に客はまったくいなかった。俺はすぐに奥のレジのほうに行った。するとそのカウンターに見覚えのある人影を発見した。眼帯をつけてるロリ系美少女……小日向紅葉だ。なんと店の制服のエプロンをつけている。そうか、新しく入ったという女のバイトってこいつだったのか。
「よう。お前ここでバイトしてたのか」
「な――」
紅葉は俺に気付くや否や、顔をこわばらせて半歩後ずさった。
「いやー、こないだは悪かったな。まさかあんなもん見ちまうとは――」
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか。それともご予約でしょうか」
紅葉はあくまで俺をシカトする方針のようだ。さすがに俺もむっとして、「だから、悪かったって言ってるだろ。モロマン見ちまってよ!」と、声を張り上げた。すると紅葉は、とたんに顔を真っ赤にして、「ちょっと、そういうこと大声で言わないで!」と同じくらい大きく声を張り上げた。レジの奥でパソコンで何か作業してる店長が不思議そうにこっちを見ている。
「あれはもういいわよ、どうでも。終わったことだし、私もう、あんたに二度と関わらないことにするから」
「そうか。お前は記憶から消してなかったことにするつもりか。俺はばっちり記憶してるけどな。いつでも超高画質で網膜再生できるぜ?」
「早く消しなさいよ、そんな記憶!」
紅葉は再び声を張り上げる。もうどうでもいいどころじゃなく、まだめちゃくちゃ気にしている様子だ。
しかしやはり、そこは俺の解せないところだった。こいつは男とヤリまくってる女のはずなのに、局部を一瞬見られたぐらいでそこまで引きずるなんて。
「なあ、お前って俺のことさんざん童貞ってバカにしたよな?」
「それが何? 事実でしょ?」
「まあ、確かにそうなんだが……。人のことそういうふうに言うってことは、お前自身はそれなりに経験豊富ってことなのか?」
「と、当然でしょ。あんたなんかとは違うんだから」
「へえ……」
にやり。紅葉が一瞬あらわにした動揺を俺は見逃さなかった。
「じゃあ、男とヤったことも当然あるよな? クンニだって経験済みだよな?」
「クン……に?」
紅葉はぽかんとして首をかしげた。
「え……知らないの、お前? 俺と違って経験豊富じゃないの?」
「い、いや、知ってるわよ、それぐらい! 長崎のお祭りでしょ!」
「それ、くんちじゃね……」
俺は吹き出してしまった。何だこいつ、俺よりずっと性知識なさそうだぞ?
「い、今のはちょっとボケてみただけよ! ほんとは知ってるんだから!」
「じゃあ、何? 俺に説明してみろや」
「え、えーっと……あのゲームかしら……」
と、紅葉は自信なさそうに、近くのレトロゲームのワゴンの中の、一つのソフトを指差した。見るとそれは熱血硬派なキャラゲーだった。番長主人公がサッカーとかドッジボールとかやっちゃうアレね。
「確かに響きは似てるけどさあ……」
「い、今のもちょっとボケてみただけだから! 面白かったでしょ!」
「うーん……」
俺にはひたすら紅葉の焦りと動揺が伝わってくるだけだった。
「まあいい、特別に正解を教えてやろう。耳を貸せ」
ごにょごにょ。クンニとはどういう行為を指すのか、紅葉に耳打ちして教えてあげた。それはもう親切丁寧に。
するととたんに、
「な、なにバカなこと言ってんのよ!」
また紅葉は顔を真っ赤にして声を張り上げた。店長が相変わらずこっちをちらちら見ている。
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