二章 アーサーとテレーズ その1
俺とアーサーの出会いは十年ほど前にさかのぼる。幼い俺はある晩、夢を見たのだ。立派な鎧をまとった騎士が、女悪魔に斬りかかり、勝手に転んで死んでしまった、非常に間抜けな夢を。(ついでに女悪魔も死んでたが)さすがに目が覚めた時、子供ながらも「ねーよ」とセルフツッコミを入れてしまったものだった。
そして、それから数日後、小学校の昼休みの時間だった。俺は他の男子生徒達と共に廊下を走って鬼ごっこをしていたが、勢い余って、階段から転げ落ちてしまった。
おそらく近くにいる誰もがその光景に肝を冷やしただろう。だが、俺が階段を踏み外した瞬間、頭の中に声が響いたのだ。『あぶないでござる!』と……。いや、それは知ってるよと、すかさず謎の声につっこむ俺だったが、次の瞬間には、今度は俺は自分の体が自分のものでなくなったようになった。なんと、勝手に動いて、勝手に空中で回転して、勝手に一番下の踊り場に着地しやがったのだ。まるで体操選手のように流麗な動きで。もちろんノーダメージで。
とたんに周りから拍手喝さいがあがったが、俺は呆然とするほかなかった。自分の中に誰かいる、それがそう感じた初めての瞬間だった。
そして、その日を境に、謎の声はしばしば俺に語りかけてくるようになった。夕食のおかずのにんじんを残そうとしたら『好き嫌いはだめでござる!』。算数のテストで答えがわからなくて悩んでいると『分数の掛け算は分母と分子同士を掛けるだけでござるよ!』俺の脳内の謎のござるマンは親切であり、おせっかいでもあった。つか、算数の問題は公式じゃなくて答え教えてくれよ。
やがて、その声のする頻度は多くなり、俺は普通にそいつと会話するまでになった。身の上話も聞かされた。なんでも、ござるマンは元はアーサーという名前の悪魔払い専門の騎士だったらしい。そんでもって、不運な事故により、二十五歳の若さで夭折したらしい。
だが、そんなふうにアーサーと一つの体を共有しているうちに、俺の体に変化が現れた。アーサーの自己主張が強くなりすぎると、俺は金髪碧眼に変わってしまうようになったのだ。これは一大事だ。
はじめは誰にもそれを気づかれないようにしていたが、だんだんそれも辛くなってきた。そこで俺は思い切って、それを親父に打ち合け、相談してみた。今でこそ俺は家族五人暮らしだが、当時は親父は再婚前で、俺は親父と二人暮らしだった。相談できる家族が親父しかいなかったわけだった。
最初、アーサーのことを説明しても、親父は全然信じてなさそうだった。だが、目の前で俺が金髪碧眼に変わったのを見るや否や、「すげーな、お前、どっかのZ戦士かよ!」と驚きつつ、信じたようだった。リアクションはさすが俺の父である。
それから、親父と話し合い、とりあえずアーサーというのは無害な、俺の守護霊的なものではないだろうかという結論に達した。しかし、害はないと言っても、時々金髪碧眼になるのは困る。結局、親父の古い知り合いの霊媒師のばあさんに相談して、お札で霊の力を抑制することになった。左手に巻いておけばいいらしい。
お札を左手に巻いておいても、勝手に金髪碧眼になるのがなくなったほかは、以前と変わらなかった。ただ、周りにそれをどう説明していいのか困った。はじめは怪我をしたということにしたが、いつまでたっても包帯が取れないので次第に不思議に思われるようになった。そこで、とりあえず幼馴染の初音にだけ本当のことを打ち明けた。これは封印なんだ、と。だが、初音はその単語に過剰に反応し、勝手に俺がアニメや漫画のヒーローになりきってるものと解釈した。そんでもって一言、「私、知ってる、それって中二病って言うんでしょ」俺は当時、その言葉の意味をよく知らなかった。ただ、まだ小学生なのに中二と呼ばれて、なんだか自分が一足先に大人になった気持ちになり、初音の言葉を思いっきり肯定してしまった。そうだ、俺は中二病だ!
その後、中二病の本当の意味を知った俺は後悔するわけだが、その時にはすでに初音によって俺は中二病キャラだと周囲に吹聴されまくっていた。否定したい気持ちはあったが、左手の封印について追及されるとまずいのでそれはできなかった。結局、俺はその時から痛い中二病キャラとして過ごすことになった。小学校のテストでは、自分の名前の横に鍵かっこで「しっこくのだてんし」と書いた。しばらくしてそれは「漆黒の堕天使」となり、最終的に「ルシファー」とルビを添えるまでになった。一度まぐれで百点を取った時、「立川幸人ルシファーくん、百点!」と担任に半笑いで褒められた。教室はもちろん爆笑の渦で俺は死にたくなったが、頑張って生きた。そう、左手のガチの封印について、他人にとやかく詮索されないためには俺は中二病キャラとして生きるしかなかったのだ……。
以上が、俺がアーサーと出会ってからのいきさつだ。正直、こんなバカげた体質の人間が俺以外にいるとは思ってなかった。それがまさか、意外と身近にいるとは。しかも霊同士で知り合いだったとは。しかもしかも美少女だったとは。普通なら大いに運命を感じるところだが、むき出しの股間を見てしまうのと引き換えに好感度がマイナス方向にカンストしてしまった感じだ。アーサーはあのテレーズとかいう悪魔に何やらご執心のようだが、俺は一体どうすればいいんだろう? うーん? 俺はひたすら現状に戸惑うばかりだった。
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