一章 邪気眼少年と眼帯少女 その8

「なあ、このあいだ包帯取れって俺に言ったのは、この手の封印に気づいてたからか?」

「なんとなくね」


 なるほど。それで今もあっさりアーサーを封印し直したってわけだ。テレーズとか言う悪魔に取りつかれてるし、慣れてるんだろう。


「ま、とりあえずこの間の約束は果たしたわけだし、パンツ見せてもらおうか」

「はあ? 何言ってんの?」

「え、腕の包帯取ったらパンツ見せてくれるって話――」

「そんなの冗談に決まってるでしょ。何本気にしてるの。バカじゃないの」


 紅葉は軽蔑のまなざしで俺を見る。


「じょ、冗談だと……」


 俺はたちまち怒りで体が熱くなった。


「ふざけるな! 言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!」

「ちょっと何急にマジギレして――」

「見せろ! 約束は約束だ、今すぐスカートめくれ!」

「いやよ」

「いやじゃない! パンツ大好き!」


 俺は先ほどのアーサーと同じように紅葉の肩を両手でつかんで叫んだ。


「な、何よ……痴漢の童貞のくせに変にムキになっちゃって。パンツなんてしょせんただの布でしょ」

「ああ! パンツはただの布だ。だが、それは地球がただの球であることと同じように、尊い真実なんだ!」

「え……ちょっと意味わからな――」

「存在の意味という概念が存在しないはるか昔から宇宙は存在し続けている。意味など持たず、求めずに。この矛盾の意味を考えれば、おのずと答えは見えるだろう。お前のパンツと一緒に!」


 紅葉にこれでもかと顔を近づけ叫ぶ。怒鳴る。ここで引くことは絶対にできない!


「もう、何なのよ……」


 紅葉は俺の勢いにすっかりたじろいでいるようだったが、やがて観念したようにため息をつき、「わかったわよ」と言った。やった! 俺の粘り腰の勝利だ!


「でも、言っておくけど、ちょっとだけよ。一瞬だけなんだからね!」

「ああ、それでかまわん!」


 一瞬だろうと、全神経を集中させればそれは永劫に等しい。俺はただちに紅葉の目の前で腰を落とし、スカートの前に顔を持って行った。さあ、来るなら来い! どんと来い!


「ほ、ほんとにちょっとだけなんだからね……」


 紅葉は恥ずかしそうに目を伏せると、スカートのすそをぐっと両手でつかんだ。そして、勢いよくそれを持ち上げた!


 バアーン!


「おお……って、あれ?」


 一瞬白いものが見えて感動したが、それは次の瞬間に立ち消えてしまった。スカートの下から現れたのはパンティではなかった。短パンだった。そう、ランニングとかするときに履くような超短いやつ……。


「……なにこれ?」

「なにってパンツじゃない。ショートパンツ。ほれほれ」


 紅葉はにやりと意地悪そうに笑って、これ見よがしにその生地を引っ張った。「ふ、ふざけるな!」俺はシャウトするほかなかった。


「こんなものがパンツだなんて誰が決めた! これはズボンってやつだろう!」

「えー、ズボンのことパンツって普通に言うじゃん?」

「言わない! そんなのはオサレこじらせた痛いファッション村の人間だけだ!」

「いや、言うから。これ間違いなくあんたのお求めのパンツだから」


 紅葉は融通のきかないマヌカンみたいな言い方だ。くそ、パンツじゃなくて、パンティとかスキャンティとかショーツとかそういう言い方にすればよかった……。まさかこんな言葉遊びで逃げられるとは。ってか、そもそもなんでこいつスカートの下に短パンなの。今日に限って。


 ん、今日に限って……? いや、その前提は果たして正しいのか? もしや、こいつは常にスカートの下に短パンを履いてたりしないか? そういう夢も希望もない女はまれによくいるからな。


 そういえば、あの日、階段の下から見たパンティは妙につやつやした生地だったな。そう、今目の前にある短パンの生地みたいに……。


「なあ、お前もしかして、このあいだも短パン履いてた?」

「あんたと歩道橋で出くわした日? 履いてたわよ。水色のやつ」

「な……んだと――」


 それは頭をハンマーで強打されたような衝撃だった。俺が今まで幸福を感じていた光景は、すべてまやかしだったのだから! そう、あれは大人のパンティではありませんでした! ありませんでした! ただの短パンでした! 健全極まりないものでした! そんなものに俺は胸をときめかせて股間をふっくらさせてたのか……おおう、死にたい。


「な、なんでそんなのいつも履いてるの、君……」

「だってあの歩道橋、パンチラスポットで有名じゃない。私、学校の行き帰りでいつもあそこ通るのよ。見られたらいやじゃない。だから、対策してるの」

「そうですか……」


 泣きたくなってくる。なんでこんなに用意周到なんだよこのクソ女。お前のパンツなんて見たがるもの好きなんてそうそういやしないだろうがよ、俺以外には! クソッ、クソッ!


「お前……俺が今、どんな気持ちでいるかわかるか?」

「さあ?」

「わかんねえよな! 女のお前にはよお!」


 ついに涙が出ちゃった。だって、男の子だもん。

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