一章 邪気眼少年と眼帯少女 その7

「て、てめえ、今何を……」


 男達も俺と同様に驚いている様子だった。すると、紅葉(?)は、彼らに深々と頭を下げた。


「はじめまして。わたくし、悪魔のテレーズと申します」


 悪魔? テレーズ? しかも「わたくし」だって? まるで別人、いや別の生き物だ。


「まことに申し訳ありませんが、これからみなさんの精気を吸い取らせていただきます」


 え、なに? 性器を吸う? ただならぬ響きにたちまち胸がときめいてしまう俺だった。


 だが、実際は、青白い光が一瞬、テレーズとかいう自称悪魔から周りに放たれただけだった。男たちはその光を浴びた途端、ヘロヘロになっって、静かにその場に崩れ落ちて行った。気絶してしまったようだった。


「ふう……ごちそうさまでした」


 テレーズは再び男達に頭を下げた。え、もしかして、今の魔法か何か? 一瞬で姿が変わったことといい、マジで悪魔なのかあいつ?


 いや、一瞬で姿が変わるくらいなら俺だって――と、思ったその時、


『幸人殿! 今の気配は何でござるか!』


 頭の中でやつの声が響いた。ひときわ大きく。騒々しく。


「さあ? 悪魔が来たりて魔法を使ったって感じだが――」

『悪魔ですと! それにこの気配! それがしこの気配に覚えがあるでござる! それはもう盛大に!』

「え? 覚えがあるって、お前悪魔に知り合いがいるの――」

『うおおおおっ! 間違いないでござる! やつはそれがしを屠った邪悪の権化に間違いござらん! も……もう辛抱たまらん!』


 とたん、俺の左手は強く輝きだした。この感じは……待て! とっさに左手をおさえるが、無駄だった。直後、包帯は破れ、下に仕込んでいたお札も散った。


 そして、その瞬間俺の姿は変貌した。地味な黒髪黒目の平均的な日本男子だったはずなのに、今はもう金髪碧眼。掘りの深いイケメン。体格もちょっとよくなってる。


 さらに体の支配権もすっかり失ってしまった。


「悪魔め! ここで会ったが百年目……いや、六百年目くらいか?」


 俺の口から独りでに言葉が出てくる。そう、今喋っているのは、普段俺の左手に封印されている悪霊だ。昔、英国で騎士をやってたらしい。名前は――。


「まあ、アーサー様。お久しぶりでございます」


 そうそう。そういう名前……って、テレーズが言うのかよ。やっぱりこいつら知り合いか。


「貴様! 霊となってからも、無辜の少女に取りつき、その体を乗っ取っているようだな! なんとおぞましき悪行!」


 いや、お前が言うなよ、アーサー……。


「それがしの聖なる力で今一度成敗してくれる!」


 と、アーサーは近く転がっていた棒きれを拾い、それを剣のように構えて、テレーズに襲いかかった! お、落ち着け、お前!


 だが、テレーズに攻撃が命中する直前、アーサーは急に脚をもつれさせ、転んでしまった……。


「ぐおおおっ! 痛い!」


 俺も痛い! 思いっきり前のめりに転びやがって、こいつ。


「ああ、アーサー様。やはりその、人一倍不運でドジッ子なところは変わらないのですね……」


 テレーズはそんなアーサー(俺)を悲しそうな目で見つめた。なんだか出来の悪い息子を見る母親のような視線だ。そしてすぐに、制服のポケットの中に入っていた眼帯を取り、それを右目につけた。


 たちまち、その体は元の小日向紅葉の姿に戻ってしまった。


「なんと! それがしを前に逐電とはなんという卑劣千万! 姿を現すでござる!」


 アーサーは紅葉の肩をがっしとつかんで、大声で叫んだ。「うるさいわね、この外人」紅葉は不快そうに眉をひそめると、近くに落ちていた封印のお札を拾って、彼(俺)の左手に当てた。


「お……おぅ……」


 とたんに、アーサーはぐったりとしてしまった。紅葉はそのまま自分のハンカチでお札を俺の左手に固定した。すると、すぐに俺の体もまた元の状態、ごくごく平凡な日本人の少年のそれに戻った。


「どうやら、私達、似た者同士みたいね」

「ああ、らしいな……」


 紅葉は片眼、俺は片腕にそれぞれ悪霊が取り付いているってわけだ。ついでに、両者には深い因縁らしきものがあるらしい。

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