第41話 最後の花嫁儀式 3
「旨い…」
「ああ、生き返る」
さらさらと溶けてゆくドロップリーフに思わず微笑む二人。その恍惚とした声は、拡声されてコロッセオに響いた。
「良く味わっておきなさい。最後の温情よ」
「力が漲るぞ」
「ああ、力が…」
そう言ったのは一瞬で、二人はすぐに身体の異状に気がつく。どんどん身体が膨れているのだ。拘束された部分以外は、風船のように。
「ええええええ?」
「お前何を食べさせたっ」
吐き出そうにも、二人の口の中にはドロップリーフのかけらもない。
口にしたのは小豆大くらいのもので、口に入れたとたんにほろほろと崩れて跡形もなく、なくなったからだ。
「何をした?」
言ってるうちに信じられないくらいに体が膨れ上がっている。コロッセオの最後列にいてもわかるくらいだ。
「毒に決まっているじゃないですか。切り捨てて一瞬で楽になるとでも思ったんですか?私はそこまで温厚な方じゃないの。苦しんで苦しみぬいて死になさい。そのための毒よ。それには遺族や民衆が願った貴方達への報復の思いが詰まっています。憎しみや、悲しみ。あらゆる感情。被害者が味わった恐怖や絶望。そういった感情を全部混ぜ込んで美味しく仕上げています。精神的に苦痛を受けるように。勿論、ゆっくり楽しんでほしいので即効性のものと遅効性のものとブレンドしてあります。同時に肉体的苦痛が長く続くようにこちらも即効性のものと遅効性のものをブレンドしてあります。心配ありません。もし最後まであなた方が再生しようとするなら浄化の剣で思い残すことなく無にしますので再生はできませんよ」
「あ・・・・・・ががが」
「ああ、もうそれどころではありませんね。ちょっと効き目が強すぎましたか。まぁ、最も、今すぐ死んだ方が楽かもしれませんけどねぇ…」
二人は咆哮を上げ、叫び狂い、声にならない声で叫んでいる。限界まで膨らんだ体は風船のようにシューとしぼんではぷーっと膨らむことを繰り返し、肌の色がどんどんどす黒くなり、徐々に膨らむことができずに小さく膨らんでいる。肌の色が黒くなればなるほど体はぷすぷすと音を立てながら萎み、また膨らみ、何度か繰り返した後は本来の人型魔族の形に戻った。だが、そこからは彼らは猛烈に暴れ始めた。
わずかに動かすことができる首から上と、両手首を振る形でしかないが。
十字架を揺らすように大きく体を反らせて暴れているのだが、苦痛なのか毒への反応なのかはわからない。とにかく、びくんびくんと体がはねていた。
苦痛に満ちた枯れた声を上げ、首を左右に振りながら叫んでいる。
「ああ、肉体にダメージを与える毒が、神経に到達しましたね」
セルジュがそう解説した。
「暴れたら暴れただけ痛みは増えるのにね。最も、体中の神経という神経を容赦なく引きちぎって行くんだからじっとしてろと言う方が無理だけど」
「んんんぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「がぁぁぁっぁぁっ」
ドロップリーフを口にしてから3分も経っていないというのに、もう声は枯れ果てて、皮膚の色がどす黒く、死人のように変色している。
会場内は静まり返り、官吏が遺族たちへ花嫁が直々に調合した毒を服毒させたとの解説をしている。その声は同時にコロッセオ全体に聞こえている。
「もし…。…もし再生したらどうなりますか?」
遺族の小さな声が官吏官に問うた。
「心配ないですよ。執行中に何があっても、完遂することが大切ですので、執行完遂になるようにするように努めるのが執行官の役割です。花嫁様は優秀な魔術師であると同時に、魔王様に比肩するほどの魔力をお持ちです。受刑者二人よりも魔力がありますのでまず失敗することはないでしょうし、復活するようなことがあれば花嫁様は浄化の剣で切り捨ててしまうでしょう」
法務大臣が噛んで含めるように遺族にそう説明した。
「あひ。あひ。あひ。あひ」
ぶるぶると二人の身体が痙攣する。
やがてフェニックス一族の男の両手足が細く干からびてゆき、指先から足先からさらさらと砂のように崩れていった。そして不思議なことに、その粒は更に分解されて地面に落ちることなく溶けてゆくように塵さえも、何もなくなってゆく。
彼は、その自分の身体の様子を逐一目にしながら、絶叫しているがもう声にならない断末魔の悲鳴である。なくなってしまえば、再生は不可能だ。塵であれば再生できるというのに。
吸血族の男が、同じように砂のようになり風に消えてゆく自分の指先を見つめている。空気中の魔力や魔素があれば再生可能だというのにそれができないでいる。苦痛の中にあっても、その再生は唯一の希望であったはずだ。
だというのに、魔力や魔素はさっぱり反応しない。
「あ、貴方の魔力を吸いだす能力は封じておいたわ。貴方が魔力を取り込もうとすればするほど、貴方自身の魔力を吐き出すようにドロップリーフに魔法陣書いておいたから」
椎名がそう説明すると理解したのかどうなのか、吸血族の男は絶望的な瞳を向けてきた。
「だからあなたも、再生はなしよ」
ふふん、と椎名は「おバカな笑み」を向けた。
2人の体はさらさらと砂が音を立てて崩れ落ちる前に煙となって消えてゆく。
こうして、二人の男の処刑が終わった。
「し、執行完了です」
役人がその執行完了を見届ける。
次の瞬間、コロッセオの真上から、正確にはルーチェスクと椎名を中心とした、官吏や立会人の真上に影がいくつも降ってきた。
にやりと笑ったアーノルドが躊躇いなく剣を抜き、降ってきた刺客の一人を切り倒した。ファルカスもアーノルドよりも一歩遅れたが一人を切り倒し、二人でがっちりルーチェスクと椎名の守りに入る。
ルーチェスクと椎名の二人の背後は、セルジュががっちり守っている。
アンリやルイを中心とした警備の人間が展開して立会人や遺族をガードするように動く。コロッセオにいる観客が動揺するが、随所に配置した魔術師が客席を覆うように防御魔法を張り、警備が落ち着いて行動しろと促し、順番に出口に誘導すると観客に宣言した。
まるでこうなることを予測していたように。
「なめられたものですねぇ、かなりの数です」
セルジュがにやりと笑った。
「守るべきは観客の避難が優先だ」
ルーチェスクがそう言いながら襲ってきた二人を切り倒したが、それ以前に観客を人質にしようとした魔族三人が雄たけびを上げた。
「しねーっ」
剣を構えた魔族が椎名に切りかかってきたが、剣がとらえたのは着脱式になっていたあのフリフリの羽織物だけだった。
「ばかな」
「お気に入りのフリフリなのに!」
がっと蹴られたその魔族が、軽く2メートルは吹っ飛んでゆく。正装姿の椎名は続けてもう一人を蹴り飛ばす。椎名を集中的に攻めようとしていた魔族が自然とそこに集待ってきた。
にまぁ、と椎名が笑った。
「セルジュ、人が悪い」
その意味を悟った椎名がくすりと笑う。
「それくらいで怯む貴方ではないでしょうに」
「近寄らないでよ、巻き添えを食うから」
「はいはい」
セルジュは一歩下がり、椎名を守ろうと一歩前に出ようとしたしたファルカスの前に立った。
「これ以上は危ないですよ」
そういった瞬間、椎名を取り囲んでいた複数の魔族が光の槍に貫かれ、文字通り消滅していった。中には平然としていた魔族もいたが、逆に第二弾の漆黒の槍に貫かれ、消滅する。それでも、椎名を追っていた魔族のうちその槍を交わした者は、今度は椎名の剣の餌食になっていた。
「は…早い、しかも詠唱なし」
「ああ、また腕を上げましたね」
そう言いながらもセルジュとファルカスはこれ以上椎名のもとに魔族が行かないように応戦していたが。
中には観客を人質にしようとする不埒な者もいたが、何故か一瞬にして弾き飛ばされるということを繰り返している。
セルジュはその「はじき返し」を逆に利用してぴょんぴょんと空中戦をするくらいで嬉々として戦闘に加わっている。
「大分ストレスたまってるのね、セルジュは」
「貴族からの突き上げが結構あったからな」
椎名の応援に来たルーチェスクは、その背中を守りながら剣をふるっている。
椎名は時々戦闘から一歩引いて何かを探していた。
そのルーチェスクの護衛で剣をふるっていたアーノルドが首謀者の魔族を見つけると同時に、走り出そうとしたが、護衛しているのだと一歩たたらを踏む。椎名も同じようにその魔族を見つけ、ためらったアーノルドに気が付く。
アーノルドの分の護衛を引き受けるには、少々荷が勝ちすぎる。
二人の動きに気が付いたのはルーチェスクだった。
「行け」
迷わずルーチェスクはアーノルドに命令する。アーノルドはその命令に迷わず司令塔の魔族に切りかかるが、不思議なことにアーノルドに切りかかろうとする魔族が瞬時に燃え尽きるのだ。
「何故」
「加護の魔法をかけておいた。移動くらいは持つと思う」
椎名の言葉が頭に響く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます