第40話 最後の花嫁儀式 2
「強すぎたかしら?」
アーノルドの震えがおさまらない様子に、椎名が彼の手を握る。一瞬のタッチだった。
すると、アーノルドの体の変化がなくなってすっと楽になり、体温も下がる。心拍も普通どおりに下がった。
一体何だったのかと思わずまじまじと椎名を見てしまったアーノルド。
その破壊力を知っているだけに、ルーチェスクはニヤニヤ笑っている。
「これはプラスの方。だからひたすら気持ち良くなったり、エネルギーが高まったり、傷が治ったりするの」
「マジかよ?たったあれだけで?」
未だ影響が残るその体はまるで戦場にいるかのように力満ちているのだ。たったあれだけの量で、こんなに破壊力の高い「プラス」作用を引き出すのだ。では、先ほど椎名の手にあった真っ黒な物体の正体は、と考えに行きついて身震いした。
「この黒いのはその逆。痛みや、怒りや、憎しみや悲しみ、マイナス感情をドロップリーフに詰め込んだの。民衆の前で処刑するなら、ストレス発散とばかりに八つ裂きみたいな処刑方法も良いと思うんだけど、意外と本人にとって苦痛が長引くのはこっちの方なのよ。精神的にも、肉体的にも苦痛を味わっていただきましょう、ってお話し。しかも、この魔族、フェニックスの一族なわけで」
手のひらの黒いドロップリーフをちゃらちゃらさせて遊んでいるのかと思えば、それはどんどん小さくなっていく。しかも、個数も何となく減っているように思う。結局二つの丸薬になった。
「で、ロブ、大丈夫?座り込んだままなんですけど」
「心配ない」
セルジュが即答で笑った。衝撃でまだふらつくが、異常があるわけではない。
「ルー、お前恐ろしい奴を嫁さんにしたな。魔石の調合もできるのか?」
「多分な。無意識にそれをやっているところが恐ろしいんだが」
アーノルドが立ち上がるとちょっとだけふらつき、ファルカスが思わず補助に入ろうかと一歩足を進めるが、そんな心配はなかったのでまた元の位置に戻る。
「真顔で調合するとは、大した度胸だよ」
「おバカなフリフリドレスで、ですけどね」
くつくつと笑いながらセルジュがそう言った。近ごろ、椎名はフリフリドレスを着ているバカっぽい人間という評判を立てられている。そう仕向けるようにしたのはこのセルジュなのだが。
油断させて、反乱分子をあぶりだそうというたくらみだ。一方、社交の場で椎名との仲睦まじい様子を見せつけ、椎名は気軽に声をかけることにしている。
一言二言話せば、何故ルーチェスクが椎名を傍に置くのか、をすぐに察してしまう聡い者たちはルーチェスクたちの意図に気が付いて舌を巻いた。
そう言ったやり口を知っていながら、椎名は外見上「馬鹿な花嫁」を演じ続けているのだ、と。
「貴方の趣味に付き合うのも大変なんですけど、セルジュ。フリフリ過ぎよ」
今回の衣装はとりわけフリフリだったと、ちくりと口にしたのでファルカスがくすりと笑う。整った顔立ちの、しかし愛らしい顔立ちでもある彼女に、今日の衣装は幼さが前面に出されている。
その意図は当然反乱分子を煽ることに意味があるのだが、あいにく今日はアーノルドが警備に当たっている。何故儀式ごとにわざわざ将軍のアーノルドが警備に当たるのか不審に思っていた部下たちも多かろうが。
要は「オトリ」なのだ。
「通常よりも3倍の警備を敷け、ただし、民衆にそれを悟らせるな」
そう命じたのは、他でもないアーノルドだった。
つまり、この儀式は聴衆の面前で行うことが決まっている。お馬鹿でフリフリドレスを好んで着るような人間を暗殺しようとする反逆者どもにとってはチャンスになるのだ。反逆者を一掃する意味もあるのだと気が付いた。
同時に、側近たちが誘い込めるようにと、あれこれ手を打っていることも知っていた。だから椎名としてはそれに協力するだけだ。
ようやく、その意図に気が付いたのはファルカスだった。
「将軍、まさか…」
「ああ。姫さんのフリフリドレスは評判が良いからな。俺も大好きだ。バカっぽいところと素敵な装飾のすれすれ加減を見事攻めてくる。しかもよく似合っている。若々しくて、はつらつとしていて俺は好きだよ」
声は楽しそうだが、ファルカスに向ける顔は笑っていなかった。余計なことは話すなという気迫に満ちていた。
「ロブに求愛されちゃったわ」
「ホント、お前は馬鹿だなぁ…」
ルーチェスクはそう言って笑う。詳しい打合せはしていない。儀式の何たるかもそうそう教えてはいない。執り行うこと前提で話を進めているからだ。だが、当の椎名はそれを知っていても馬鹿なふりをして笑っている。
「やっぱり両手に花よね。って、本当は三本欲しい」
「三本、ですか?」
「ファルカスさんも地味にイケメン」
頼むからその会話の中に自分を組み入れるなと驚愕の顔になるファルカス。
「良い男だろ?俺もそう思うから推薦する。仕事もできるし、良い男だし」
アーノルドが推薦した。
「え、え?私は…」
「よろしくね、ファルカスさん」
椎名がにこりと笑った。
コロッセオの中央は、処刑される魔族の男が二人、十字架にかけられる形で固定されていた。
ほぼ満席という席の埋まり具合で、熱気がむんむんしている。キャーキャーワーワーと言った声はさすがに上がらないが、準備のために立ち動くスタッフの一挙手一投足にまで熱い視線を送っている。
スタッフに案内されながら、立ち合い者である法務省の役人やら刑事局の役人が黒いフードをかぶり、入場してくる。その後ろから、仮面をつけた遺族たちや関係者の面々が黄色いフードをかぶり、入場してきた。
最後に、執行官である椎名と、執行補助の名目でルーチェスクとセルジュとアーノルドが入場し、会場はシンと静まり返った。ファルカスとルイやアンリはするりと会場に入ると、会場警備の位置に就く。
「これより…」
「早く殺せよっ」
法務大臣が声を上げたが、魔族のその男は叫ぶ。
「早く殺せっ!できるものなら殺してみろ!」
魔族のその男はそう叫ぶ。この男はフェニックスの一族で、一族を追放されたとはいえ、不死の技である「再生」が使える男だった。
もう一人は吸血族。ただし、血液を吸う方ではなく、魔力を吸うのだ。空気中の魔力も吸い上げることができ、その少量の魔力でさえ自分の再生能力を倍増することで「死刑になっても死なない」状態になっている。
「これより、花嫁による死刑執行を持って生贄の血とする」
法務大臣がそう言い渡し、椎名に向かって頷いた。拡声の魔法がかかっているのか、コロッセオ全体に声が響く。
「花嫁様、お願いします」
「本人確認は良いの?間違いはないのね?」
「事前に何度も確認しております、間違いはありません」
補佐をするセルジュがそう言った。その声すら、全体に聞こえている。
「アンタに俺は殺せない。今までの執行官だって俺を殺せなかったんだ。アンタにできるわけがない」
「今までに3回死刑になったんだって?それでもなお再生しても悔い改めなかったってことでしょ?更生できなかったってことでしょ? こっちのあなたは2回だっけ?」
「その通りでございます」
法務大臣の答えに、法曹関係者が頷き肯定した。
「つまり、こっちの貴方の場合は『無』に返せば再生はしない、あなたの場合は、貴方の魔力を無にしちゃうか、キャパオーバーで爆発させちゃえば良いんだ、ということね」
「そうだな」
ルーチェスクはそう答えた。
「俺を無にできるのか?無理だね。どんな死刑執行官も無理だった。それがあんたごとき人間に何ができる?」
椎名はニコ、と笑った。足元がぎりぎり隠れるくらいの、しかしフリフリの白銀のフワフワしたやわらかい透ける生地で、裾が広がったコートのようなカーディガンのような形をした、詰襟の正装を包む羽織物を着ている。あまりふわふわしないようにと、白いリボンのようなものが右肩から左腰にかけて結ばれているが、どうみても処刑場にはふさわしくないと思わせるような、「フリフリ」の正装なのだ。
恐らく、処刑対象者の二人も「おバカな花嫁」だと思うだろう。
「じゃぁ、簡単に復習しましょう。貴方を処刑するには無に帰さなきゃいけない、じゃぁ、完全に無に還すにはどうすりゃ良いのか?ってことは、完全なる死を与えればよいってことよね?じゃぁ何よってことになると、フェニックスの一族に於いては、物理的、肉体的な死の概念と共に、その者の能力値以上の者による、精神的な死を与えること。つまりだな、私の魔力が貴方以上にあれば貴方は簡単に無に還せるってことよね?これであっているかしら?」
復習じみた話に、立ち会った法務省の法曹関係者も頷く。
「何をいまさら」
男はせせら笑った。
「さて、もう一人の貴方は吸血族ね。ただし、魔力を吸い取っちゃう吸血族」
「そんな俺を殺せるのか?人間」
「そりゃ分からないわよ。ただ、二人とも拘束されて長いでしょ?だから、少しだけ魔力を回復するドロップリーフ…。そうね、子供のお菓子だから良いわよね?」
「ドロップリーフだと?」
「魔封じされてるから、吸血としての魔力吸いだしはできないけど、経口の食事としての魔力吸収は出来るわけでしょ?」
「そうだな」
手袋をはめた官吏が、椎名から渡されたやや大きめのドロップリーフを受け取り、二人の口の中にほぼ同時に放り込んだ。
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