第35話 断罪したのは良いけれど
社交パーティの一件があった後、散発で見られていた反乱者の暴動が目に見えて少なくなった。
椎名にとっては、一番の魔力を持つ者に従う、が魔族のセオリーなのではないのかとおばばに問うたら、魔族の種族のうち、祖先のルーツを獣系に持つものは一番の魔力を持つものが魔王であり、魔王の雄たけび一つ、声一つで瞬時に理解し、服従するのだという。一方、そうではない種族は「私が一番だ」と各地で名乗りを上げる場合があり、その尻馬に乗っかって調子よく「こいつが魔王だ」とはやし立てる民衆ができてくるらしい。
大体は、アーノルドが「この私、ブラッディ・ブラウン将軍を倒してから行くことができるのか」って吠えたら終了するとおばばは笑って言う。
「あいつの名前はキレンスキーぞ?通り名を言ってどうする?まぁ、そのほうが話が早いがな。魔族って単純なんじゃよ。呆れるほどにな。余程人間の方が複雑じゃよ」
ケラケラ笑いながらおばばはそう言った。
「例えば、そうじゃな、薬草園や王城の庭を管理する部門なんかには犬人族が多い」
「あ、犬に変身する人たち?」
「そうそう。何故じゃと思う?」
「…穴掘り大好きだからとか?」
「正解じゃ。あまり複雑に考える種族でもないからのう、でも割合真理をついた行動をする魔族が多い」
おばばはそう言って笑っていた。
首謀者とされるアントーニオと、それを支えていた異母兄のブルージェス・ブルーが逮捕されたことで、反乱はますます少なくなった。だが、数日たってもその動機は不明なままで、解明されていない。
取り調べの進捗状況の報告もあって、執務室にはルーチェスクと椎名のほかにジョルダンとセルジュ、アーノルドが顔をそろえていたが、思わしくない動機の解明状況にはため息が出る。
ルーチェスクもアーノルドも一時期でもアントーニオと机を並べた仲である。ジョルダンは教育担当として接してもいる。だから、そこまで強い意思があったのかと疑いたくなるのだ。
そもそも、次期魔王と確定するまでの段階が非常にあいまいなのである。
魔王の寿命が近づくと、各地にいる予言能力を持つ魔術師や呪術師が、次期魔王の候補となる子供の出生を感知するのだという。
予言能力が高いほど、生まれた地域や性別、種族など、事細かい情報を予言できるという。
その予言に従って、魔力の高い子供たちが王城に集められる。不思議なことに、毎回5人から8人の子供たちになるという。
最終的にその中から明らかに魔力の高い、能力が優れたものが魔王となるのだ。
ちなみに、おばばはルーチェスクの生まれを予言した複数の魔術師の一人で、最年長者であるのでルーチェスクを支える一人として王城でいろいろ仕事をしているらしい。
魔王候補として名前が挙がった時、魔力量の関係でルーチェスクが魔王となることに決まった。通常、魔力量があると見込まれた段階で魔王になるべく王城に滞在し、基礎教育が行われる。
その者を超える魔力を持つものが現れれば、自動的に側近候補としての道が残されるシステムになっている以上、魔王候補となることは名誉なことに変わりはない。
特に、実家が商家であるアントーニオにとって不利に働くことはなかったが、アントーニオは側近として残るよりも、実家の商会を兄二人と盛り立ててゆくことを選んだ。早い段階でそのレールから外れた彼に、いまさら魔王になるというメリットはなかったはずである。
ブルージェス・ブルーは犯罪に手を染める魔術師ではあるが、だからといってポリシーなく犯罪に手を染めているわけではない。というのが魔術師界隈での彼の評判だ。
直接的に貧しい人たちに害があると判断すれば、彼は手を貸さなかったのである。だから自然と相手は資産家相手のものになり、被害者は資産家の方が多いと言っても過言ではない。
そもそも、本名かどうかもわからない男の素性を探ることから始めなければどうにもならないと言って以前から調査が進められてはいたが、進展があったのはウォーリーの調査能力のおかげである。今は裏付け捜査中であるが。
その二人が王位を取ろうとするのだ。何か共通点があり、何か共通の目的があるはずなのに、それを「王位が欲しい」だけで動機とするにはあまりにも短絡過ぎた。
ルーチェスクの施政になってもう100年近いというから、時期的にも意味がない。
いろいろ意見は出たが、結局のところ、本人たちが何も言わないのでわからない、というのが正解だ。
「案外、嫉妬なのかもよ」
椎名の指摘にぎょっとしたのはルーチェスク含め、側近たちである。
「そんな単純なものですか?」
「本人たちが自覚していない『嫉妬』だったらそうなるかもね。ジェスはルクソール氏の最初の子供だったはずなのに、母親の家柄を問われて先代夫婦に結婚を反対され、結局隠れるように二人で生活するしかなかった。一方、ルクソール氏は政略結婚で別の商会の娘と結婚、3人の息子が生まれる。上の二人はジェスよりも魔力が突出しているわけではない、平凡な魔力だった。彼とは違って凡庸な人柄で商売にも向いているから問題なく跡継ぎにもなれた。ルクソール氏はジェスのことは息子と認めなかったのよね?存在は知っていたけど、認知していないと言っていたし。病気で亡くなった母親のことも含め、まぁ、ジェスが感情的に何か抱えるには充分だわ」
「でも、普通に育ったアントーニオが嫉妬するなんて、ある?」
「三男だから。特に上の二人が優秀だったら、嫉妬するよね。私も経験あるわ。アントーニオは魔力ではふたりの兄に勝っていたけれど、言い換えれば、魔力でしか勝てなかったってこと。けれど、その実力はなかったわけだし、コンプレックスで卑屈になるわね。他人の才能に嫉妬して」
「…椎名様、意外です」
そう言葉にしたのはセルジュだった。
「私には兄が二人いて、武道…つまり、剣術や体術では全くかなわなくて。体力じゃなくて、技術的にかなわないってわかって嫉妬したわよ。兄二人がうらやましかった。特に、一方の兄は学校の成績も優秀だったしね。だから、アントーニオが魔王になれなくて、自分の性格的に側近にもなれない、商会に入ったら今度は兄二人がいるから自分がトップに立てない。プライドの高い彼なら嫉妬するだろうし、鬱屈したものがあると思うのよね」
「プライドが高い…?」
「分かりにくいけど、彼、相当プライドが高いと思うけど」
椎名はそう言った。
「それだけで?」
「それがエネルギーだと思うのよね。動機としてはもっと強い何かがあって良いと思うけど。魔王ルーチェスクの周囲には以前よりもより強固なスタッフと警護が入っているのよ。なのに、今、それが機運だとみて動いたということは、何かがあるということよね。怖いのは、捕まった彼らを奪還してもう一度と企む輩がいるかどうか。今まで各地で反乱動乱を起こしているのが少なくなったのも気になる」
「お前は心配性だな。そして深く読む。これは人間の特性か? 心配はいらない。警備は固めているし、私の魔力は以前よりもはるかに増えた」
「だから心配なのよ。力でもって押さえつけても、反発しか生まれない。相手が知恵も心もない、動くだけの機械ならそれで良いけれど、相手にしているのは、感情を持ってる。身体は自由にできても、相手の心までは自由にできないでしょう?」
その言葉に、側近たちが固まった。
「ごめん、私って、人間的思考だからそう考えるの。これって、おかしい事なの?」
「いや、魔族は強ければ従う、獣系の獣人やらそういった奴らは強ければ一発だが、人型の魔族は一概には言えない種族もあってな。だから王妃さんのそういう考え方は異質ではない。異質ではないがゆえに、ある意味核心をついている。すごいヒントだな、それは」
アーノルドはふむふむと納得していた。
「いずれにしろ、まだ警戒が必要ですな」
ジョルダンが指示を与えるために立ち上がった。
「そういうことだな。夕方、予定通り夜間訓練も兼ねて二泊三日で東部方面に視察に行ってくる。ちょっと気になることがあるんで、追加調査兼ねていいるんだが、まぁ、王都から半日の距離だし問題はないと踏んでいるよ」
「ああ、行ってこい。新人の訓練か」
「そうだ。今年は有望株がいっぱいでな」
アーノルドはそう言って席を立った。
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